第3話
駅から十五分。光は立ち止まった。 目の前には、白くちっぽけな二階建ての家があった。周囲はフェンスで囲まれた広大な空地で、「都営公園予定地」と記された看板が虚しく揺れている。かつては住宅密集地だったのだろうが、今はその白い家一軒だけが、抜かれるのを待つ最後の一本の歯のように取り残されていた。 光は急に忍び足になり、フェンスの死角へと回り込んだ。 隣接する大学のグラウンドには、人っ子一人いなかった。熱中症警戒アラートにより、すべての部活動が停止されている。いつもなら響くはずの学生たちの掛け声も、金属バットの快音もない。ただ、つむじ風が砂埃を巻き上げ、光の汗ばんだ肌に土の粒を付着させた。
白い家は、木造モルタル造りで、外壁は白いプラスチックの化粧板に覆われていた。屋根は深いモスグリーン。 庭には芝生が敷かれ、そこには半分ほど水が張られたビニール製の子供用プールが置かれていた。プラスチックの黄色いあひるが二匹、死んだように水面に浮いている。時折、水面に反射した光が、家の白い壁を激しく揺らした。 光はTシャツの肩口で顔の汗を拭ったが、拭ったそばから新しい水分が溢れ出す。 エアコンの室外機が、ブーンという鈍い唸り声を上げ、熱風を吐き出していた。一階の窓はすべて施錠されているように見えた。光は一度、肩を落とし、天を仰いだ。しかし、視線を再び家に戻した時、二階の浴室にある小さな引き違い窓が、わずかに開いているのを捉えた。 光の口角が、わずかに吊り上がった。 デイパックのジッパーを音を立てずに開き、中の柳刃包丁の感触を指先で確かめる。そして、深く頷き、再びジッパーを閉じた。
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