第5話
駅ナカにあるファストフード店のカウンター席に僕は一人いる。
今日は土曜日だから、お昼からずれている時間にもかかわらず、なかなかの込み具合だ。
ガヤガヤという話し声を環境音にして、教科書を見ながら勉強していたが、集中力が切れたので、教科書にしおりをして閉じる。
テーブルの上のフライドポテトを袋からつまんで食べる。
正面の窓ガラスから外を見ると、ここは2階にあるため、駅構内の様子が見渡せた。
暦は11月。もうすっかり秋は深まり、コートを着込んでいる人もちらほらいる。
僕は小学六年生になった。
そして、小学生ライフも終わりが近づいてきている。
思い返せば、よく遊びよく学んだ日々だった。ラノベの転生ものなんかだと、周囲のガキどもとは話が合わないぜ、みたいにスカした主人公もいたりするが、僕はそんなことなかった。運動会も発表会も全力で楽しんだ。
最後にこんな難関が待ち受けているとは思いもしなかったけど。
そう、受験だ。
名門私立中学校の入試を受けることになってしまった。
なんでそうなったかと言えば、今ここにいない少女が関係していて――
「翔太、お待たせ」
声に振り返ると、明日香がいた。
スタイルもすらりとしてきて、もう女の子とは言えない。
顔もカワイイよりも、キレイになってきた。
今の今まで明日香がここにいなかったのは美容院に行っていたからで、やはり、どうしてもそこに目がいってしまう。
「ほんとにその髪型にしたんだ」
「ん、似合う?」
「似合うよ、似合うんだけど…」
「けど?」
「自分の性癖を開示しているみたいで、恥ずかしくていたたまれない」
「ぬふふ、翔太の色に染められちゃった」
「違うよね!明日香が勝手にその髪型にしたんでしょ!」
明日香は伸ばしていた髪をばっさり切っていた。
ショートカットのボブヘアで、前髪をぱっつんに切りそろえている。
まるでとあるロボットアニメに出てくるヒロインみたいに。
ロボットアニメをいつも一緒に見ていた明日香は、僕が密かに推しているヒロインのことをなぜか知っていた。そして、美容院に入る直前に、スマホを見せてきて、そこに映る僕の推しヒロインの髪型にしてくると宣言した。直後、美容院に入ったので、止める暇もなかった。
髪は女の命って言うのに。
僕をからかうためだけにこんなことするなんて。
隣に座ってニマニマとこちらを観察してくる幼馴染に、ため息がこぼれる。
「勉強は進んでる?」
「あーっと、ここなんだけど、どうしてこうなるのか分からなくて」
「どれ?」
「近い近い、もっと離れて」
「ぬふふ」
頬をすり合わす距離に接近してきた明日香のキレイな顔を押し返す。
僕の反応に満足したのか、その後は教科書を開きながら丁寧に教えてくれた。
人生二回目なのに小6の少女に教わるなんてプライドはないのかよ、と思われるかもしれないが、明日香は常人とは頭脳のスペックが違う。彼女がテストで100点以外をとったのを僕は見たことがない。
それは彼女自身が努力しているのも当然あるだろう。
が、この世界の元となった同人漫画で、才色兼備と設定されていることが大きいんじゃないかと思う。彼女は神(原作者)に愛されているのだ。寝取られヒロインだけど。
「翔太も入学できそう。よかった…」
僕の勉強を見ていた明日香がポツリとつぶやく。
そりゃあ人生二回目だしね。転生特典はないが、大卒のアドバンテージは大きいだろう。と言っても、記憶はおぼろげで、虫食い状態だから中学入試にもあっぷあっぷしている。
それにしても。
今思い出しても、あの日は凄まじかった。
少し前のことだ。明日香が夜にもかかわらず、僕の自宅に突撃してきたのだ。僕に会うなり、わんわん泣くから何事かと思ったら、私立中学に行かなければならなくなったと喚く。
僕はいや、それシナリオ通りじゃんと思ったが、明日香はどうも僕と同じ公立に行くつもりだったらしい。なのに親から私立に行けと強制された、と。
強制はいいすぎだろうが、明日香ほどの才能を持つ娘の親としては、私立に行かせたい気持ちは分かる。明日香の両親とは何度も顔を合わせているが、いい親御さんだ。彼女の将来を思ってのことだろう。
だが、当の明日香はあんな親、絶縁してやるとか言い始めた。
さすがにそれはマズイと思い、僕も私立に行くと言ってしまった。
言っちゃったのだ。
言ったあとで、あれ、これってシナリオから外れないか?と思った。なぜなら、同人漫画「当たり前に寝取られる僕(幼馴染編)」では主人公の斉藤翔太は公立中に行き、幼馴染の朝倉明日香は私立中に行くことで、二人は疎遠となるからだ。
だが、まあ、誤差だ。
どうせ明日香は高校生になったら、お金持ちのイケメン彼氏にあへあへするんだから。
僕たちはキリのいいところで勉強を終え、ファストフード店を出る。
駅を出て、バスに乗って、自宅があるマンションまで帰ってくる。
エレベーターで階を上がりながら、話す。
「そう言えば、翔太、合体機構ができた」
「え?合体?まさか、超合体アルティメットモードとかしちゃう感じ?」
「そんな感じ」
「おいおい、明日香さん。それはさすがにホラを吹きすぎじゃありませんかね。あれはアニメだから可能な変身ギミックであって、現実で再現するなんて、そんなそんな」
「なら、見に来なくていい」
「見に行きますぅ!行かせていただきますぅ!」
速攻で手のひらをくるーっと返した僕は、エレベーターを降りた明日香の後を追いかける。
僕の自宅のお隣、彼女の家の方の玄関を開ける。
部屋は暗かったので、明日香が明かりをつけた。
「今日は土曜だけど、おじさんとおばさんは?」
「知らない。あんな人たちどうでもいい」
「どうでもいいって…」
僕は苦笑する。
いまだ彼女は名門私立中学の受験を勝手に決められたことを根に持っているらしい。
話を変えようとして、あることを思い出した。
「あ、来週の連休なんだけどさ、僕、3日とも家にいないから。未来と予定があって出かけてくる――うわぁ!?」
僕は玄関先でクツを脱いでいた。
突然、後ろに押し倒された。
目を白黒させているうちに、僕の上に明日香がのしかかってくる。
起き上がろうとしても腕を抑えつけられる。
一体、何のつもりだ、と僕が彼女の顔を見上げてみると、明日香の冷たい目とあった。
あれ?なんか怒ってる?明日香さん?
三女神の狂愛~当たり前に寝取られる同人漫画の世界で生きる僕の記録~ けんとーし @kentoshi
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