第4話

場所は小川の川べりの、木陰の下。

空では太陽が輝き、セミがじーじー鳴いている。


「どう思う?僕、大人になったら訴えられないかな?」

「へんたいさん」

「違うよ!僕は人類の至宝を保護するため、仕方なく!」

「翔くんのへんたいさん」

「だから、聞いて!?」


僕は必死に事実無根だと主張する。

だが、女の子のジトーッとした目は変わらない。

女の子は未来だ。

彼女も僕と同じ4年生になり、おしゃれに気を遣い出したのか、服や小物がカワイイ。もちろん、顔もカワイイ。

季節は夏休み。例年通り僕は父方の祖父母の家に墓参りにきていた。そして、それが終わると早々に、未来に呼び出されたのだ。

僕と未来は両手を繋いでいる。未来が自分のマナを僕の方へ流し、僕の中を伝って、再び彼女の方に戻る。それをぐるぐる循環させている。

ネットで調べたのだが、この訓練法は異能力者の卵がやる初歩の初歩としてちゃんとあった。これによって自分のマナを自覚し、マナの操作方法を学べるらしい。

というわけで、僕たちはぐるぐるを実行中。

その間の雑談として、明日香がブロックでロボットを完成させるたびに、ご褒美のちゅーを要求してくることを話した、そういうわけだ。


「翔くん、女の子にちゅーするのはいけないんだよ」

「…でも、ほっぺたにだし、セーフかなって」

「ほっぺたもダメ!お巡りさんにタイホされちゃうよ!」

「されないんじゃないかな」


中身がおじさんだとバレたらヤバいかもしれないけど。


「されるの!」

「まあまあ落ち着いて。僕もしないで済むなら、それがいいんだ。でも、お菓子やアイスでの懐柔作戦は全部失敗してるんだ」

「ロボットなんてお店で買えばいいじゃん」

「いやいや、買えないって。明日香のあれは完全に店売りを超えている。しかも明日香は僕の好みを知っているから、クリティカルヒットするものばかり作るんだ。だから、明日香にご褒美のちゅーを要求されれば、くっ、逆らえない」

「むー、あ、いいこと思いついた」

「なになに?」

「その明日香ちゃんにこう言えばいいよ。お前とちゅーするなんて口が腐れるからしたくないって」

「…」


僕は思わず未来を見た。

未来はニッコリ笑顔だ。とてもたった今毒を吐いたとは思えない。

女の子は怖いね。


「それは言えない。僕は明日香を傷つけたいわけじゃないからね」

「…翔くんは、その、明日香ちゃんのことが好きなの?」

「それは幼馴染として?女の子として?」

「女の子として」

「好きじゃないよ。明日香はお金持ちのイケメンが好きだからね」

「じゃあ…私は?」

「好きじゃないよ。未来は細マッチョのイケメンが好きでしょ?」

「好きじゃないよ!好きなのは翔くん!結婚したいくらい好き!」

「はいはい」

「なんで信じてくれないの!」


未来がぷんすかと怒るけど、信じるわけないじゃないか。

「当たり前」に寝取られる君のことを。

君は将来、強い悪魔を倒せる細マッチョのイケメンにあへあへするんだよ。


「はい、おわり。翔くん、マナの感覚、分かった?」

「それはバッチリ」


僕は自分の内側へ意識を向ける。

すると、心臓の位置と重なるようにして、そこから、こんこんと何かが湧き出ているのが分かる。それがマナ。異能力を使うためのエネルギーだ。そして、マナが湧き出るポイントをマナの源泉と呼ぶそうだ。

ここ数年、長期休暇のたびに未来と会って訓練した成果がでてホッとしている。

僕が家を空けると明日香はひとりで留守番することになるから、ものすごく不機嫌になる。帰ったらご機嫌取りに奔走することになる。

そうまでして僕が異能力の訓練を続けるのは、第一に不思議パワーを自分でも使ってみたいという男のロマンがある。

そして、それと、もうひとつ。

異能力者はモテるらしい。

マナを持つ者の絶対数が少ないため、社会的ステータスとして見られるのだ。

顔が普通の僕がカワイイ女の子とイイ仲になって、その後も忍び寄ってくるイケメンに彼女を寝取られないためには、異能力という強みをしっかり磨かなければならない。


僕たちは水筒のお茶を飲んで休憩する。

それから、未来はまた僕の両手をにぎった。


「今度は翔くんから、私の方にマナを流してみて」

「了解。やってみる」


僕はマナの知覚はできるようになった。

今度はマナの操作能力を鍛える番だ。

僕の中にあるマナの源泉から意識的にマナを引き出す。ゆっくり、つたないながらも、左手の方へ移動させていく。そして、未来の右手から彼女の中へマナを…。マナを…。


「むぎぎぎぎぎ」


いや、無理じゃないかな!?

僕はこの練習をするようになって分かったことがある。

僕と未来には異能力者としての才能に、大きな隔たりがあることを。

あの同人漫画でも、未来は桁外れの才能を持つと示唆されていた。

それはマナの総量として如実に現れている。

未来は特に意識してないにもかかわらず、彼女の手先には膨大なマナが溜まっている。

さながらダムのようで。僕はそれに水鉄砲で立ち向かっているのだ。

どんなに力んでも僕のマナが未来の方に流れていかない。


「ふんぎぎぎぎぎ」

「翔くん、翔くん。お母さんに聞いたんだけどね、力づくで押し流す必要はないんだって。かんしょーするのが大事だって言ってたよ」

「干渉?」

「相手のマナにかんしょーして流れを作るんだーって言ってたよ」

「なるほど?」


うーん、言わんとすることはなんとなく分かる。

僕のマナだけで循環するのではなく、未来のマナも利用して、ってことだよね?つまり、僕の右手から戻ってくるのは、僕のマナではなく、未来のマナでもいいわけだ。

まあ、言うは易く行うは難し。

今度はその干渉のし方がさっぱり分からない。

僕が頭を悩ませていると、急に未来がもじもじし始めた。

トイレかな?


「えっとね?かんしょーの感覚が早く分かるやり方があるんだけど…」

「おお、そういうのがあるんだ。教えてほしいな」

「じゃあ…はい」


未来は僕の両手を放すと、ぱっと腕を広げた。

まるでハグ待ちするかのように。


「僕はどうすればいいの?未来に抱きつけばいいの?ははは、そんなわけないよね」

「ううん、翔くんは私に抱きついて」

「…え、マジ?」


僕は思わず真顔で未来を見る。

未来は少しだけ顔を赤くしながらコクンとうなずいた。

突然のハグの要求に困惑しながら詳しく聞き取りしてみたところ、マナの源泉同士は近づけると自然と干渉し合うものらしい。マナの源泉は心臓の位置と重なるから、それを実行するにはハグするしかないよね?というわけだ。

でも、ハグするって気まずくない?相手は小4といえど、女の子だ。


「うん?待って。ハグだと逆位置になっちゃうじゃん。マナの源泉を最も近づけるには、こう、後ろから抱きつく感じがいいんじゃない?」


まだその方が僕の精神衛生上、助かるし。


「それは、嫌」

「嫌って…なんで?」

「なんでも!」


僕は立ち上がり、未来の後ろにさささっと回り込もうとする。

未来はそうはさせまいと腕を広げたまま、くるっと回転する。

僕たちは何度か攻防を繰り返すが、暑いのでやめた。

そして、僕は観念して未来に抱きついた。

未来もぎゅっと腕を背中にまわしてくる。

彼女の体温や、彼女のにおい、膨らみかけの胸なんかもダイレクトに感じられるので、僕は居心地が悪くなりながらも、マナの源泉の方に集中する。


「おお…」


確かに僕のものと未来のものの間に、マナの流れができている。

自然に混じり合い、小さい輪となって、ぐるぐると。

これが干渉する感覚か…。

それにしても、すごいなぁ…。

こうして干渉し合っているためか、彼女のマナの源泉、その大きさを感じられる。まるで太陽のようだ。これに比べれば、僕のマナの源泉なんてその辺の石ころにすぎない。

僕が圧倒されていると、未来が耳元でぽつりとつぶやいた。


「…あったかい」

「暑くない?夏の、しかも外だし」

「ううん、あったかいよ。これがこんなにあったかいなんて、私、初めて知った」

「ふーん。家族としたことなかったの?」

「しないよ、してくれない…お父さんも、お母さんも、みーんな。私とこうしてくれるのは翔くんだけ」

「それは…」


いいんだろうか?

家族ともしないことをしてるってことでしょ。

これ、やっちゃイケないことなのでは?

僕の背中に冷や汗がたらりと滑り落ちる。

そこへ、ちゅっ、とリップ音が聞こえた。

ほっぺたにやわらかな感触が残る。


「ちょぉお!?未来!?何してるのかな!?――ぐえっ」


僕は反射的に飛び退こうとした。が、未来は僕を離すまいと腕をしめつけた。異能力の代表的なものの中に、身体強化がある。マナという不思議エネルギーで細胞を活性化させて、常人以上の肉体的強さや速さを得る。僕はまだできない。未来はできるらしい。僕が潰れたカエルのような声を上げたのは、それが原因だ。


「明日香ちゃんとはちゅーするんでしょ。なら、私がしてもいいよね」

「いや、あれは、ご褒美のちゅーで…」

「じゃあ、これは罰ゲームのちゅー。翔くんがかんしょーのし方を覚えるまで、私は罰ゲームのちゅーをするね。んふふ、ちゅっ」

「意味分かんないよ!」


この日、僕は日が暮れるまで罰ゲームのちゅーとやらをされ続けた。

帰り道、上機嫌の未来とぐったり疲労しきった僕。リップ音とその感触に気を取られすぎて、マナの干渉の感覚を学ぶどころではなかった。

明日香といい、未来といい、自分から黒歴史を作りにいくスタイルはやめようよ。 将来、彼氏ができた時に絶対後悔するから。

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