第3話

教壇に立つ先生が挨拶をする。


「みなさん、さようなら」

「「「さよーなら」」」


帰りの会が終わると、すぐにクラスが騒がしくなる。

僕は小学4年生になった。

今日も今日とて、マジメに小学生ライフを送っている。

ランドセルを背負っていると、友達の男の子が近づいてくる。


「なーなー、翔太、昼休みの続きやろうぜ」

「昼休みの続きってサッカー?」

「そーそー。お前、いっつもすぐ帰るからさー、たまにはいいだろ?」

「そうだね…」


「――だめ」


僕も昼のは消化不良だった。いいかもと思って頷こうとする。

が、いきなり腕をぐいっと引き寄せられる。

目と鼻の先には幼馴染の明日香の顔があった。

年々、カワイさを増していく幼馴染からすぐに離れようとして…うん、離れられないね。

明日香は僕の腕を抱いたまま、しっしっと手を振る。


「私と翔太は今からいっしょに帰るの。じゃましないで」

「なんだよ、お前ら。いっつも一緒じゃん、ふーふかよ」

「そう。私と翔太は夫婦。だから、あっちにいって」

「ちぇっ」

「あはは…それじゃあね。明日、またサッカーやろうね」


僕は明日香に引っ張られながら教室を出る。

下駄箱でクツを履き替えてから、学校の校門を出た。

帰り道、明日香はなんだか機嫌が良かった。


「ぬふふ…夫婦…私と翔太は、夫婦…」


最近、僕たちはよく夫婦だとからかわれる。

所詮はガキのたわごとよ、と受け流せる僕はいいが、明日香の方は心配だ。何度も言われて、それが原因で不登校になりでもしたら大変だ。


「ねえ、嫌じゃない?」

「ん?何が?」

「ほら、僕たちを夫婦ってからかってくるじゃん。明日香は嫌な気持ちになってないかなーって」

「嫌じゃない。むしろ嬉しい」

「嬉しい?」

「だって、私と翔太が夫婦ってことが広まれば、翔太をうばうドロボー猫がいなくなる」

「ドロボー猫って…どこでそんな言葉、覚えてきたの」


そもそも僕は君を寝取られる側なんだけど。


「僕と夫婦でいいの?明日香はお金持ちのイケメンが好きだよね?」

「違う。私が好きなのは翔太。翔太と結婚する」

「はいはい」

「むぅ、信じてない」


信じないよ。

だって、僕は確実な未来を知っているんだ。

明日香がお金持ちのイケメンにあへあへされる未来を。

その日が来るまでに、何としても、僕もイイ仲になれる女の子を見つけなければ。

あの同人漫画は「幼馴染編」と「異能力者編」の二つだけだ。つまり、これから出会うカワイイ女の子は寝取られが確定していない。

あとは僕の努力次第だ。

僕は空に拳を掲げ、決意を新たにした。


マンションの自宅に帰ってくる。

僕が玄関を開けると、当たり前のように明日香も後ろからついてくる。

明日香とイイ仲になるのは諦めたが、だからと言って僕が明日香を嫌うわけではない。

僕たちはお隣さん同士、仲のいいままだ。

今日も互いの両親が帰ってくるまで一緒に過ごす。


「テレビ、テレビっと」


僕はさっそくロボットアニメを見る。

ひと昔前ならDVDなのだろうが、今ではテレビもネットとつながっている。サブスク登録してある配信サイトの再生リストから、今日見るアニメを決める。

これにしよっと。


「翔太、持ってきた」

「ありがとう。さーて、今日は何を作るかなー。昨日作ったヤツの武器にしようかな。なんだっけ、あのライフル銃の名前」

「超電磁グレートコイルバスター」

「そうそう、それ。よく覚えてるね、ファンブックにしか名前のってないのに…。明日香の方は順調?」

「うん。もうすぐ完成する」

「終わったら見せてね」

「うん」


僕はトイボックスの中のブロックをじゃらじゃらかき混ぜ、お目当ての色を探していく。

僕たちの最近のブームはおもちゃのブロックで、ロボットを作ることだ。アニメに出てくる機体をモチーフにして、なるだけ精巧に作る。

僕は自他ともに認めるロボットアニメ好き。目を瞑っても出来上がりをイメージできる。完成品の出来でその辺の子供に負けるなんてことありえない。

そのはずだった…。

そんな大人げない自信は幼馴染によって木っ端微塵に打ち砕かれた。


僕は明日香の方を盗み見る。

明日香はというと、ダイニングテーブルに座っている。

テーブルには、機関車っぽい列車がある。これって既製品ですか?と言ってしまうくらいの再現度だ。

そして、列車からはケーブルが伸びていて、それはノートパソコンにつながっている。

明日香はカタカタとキーボードを小気味よく叩く。


ブロック遊びを始めてしばらく経ったある日、明日香はモーターやギアやセンサーを買ってきた。僕は困惑した。また別の日、明日香はパソコンでプログラミングを始めた。僕は目を剥いた。そして、出来上がりを見て、白旗を上げるしかなかった。

僕の幼馴染がガチで天才すぎる件。


「ん、できた」

「見せて見せて。いやー、改めて近くで見ると、すごい出来ですなー」

「はい、スイッチ」

「ふむふむ、このスイッチを押すと――おお!戦闘モードに変形した!これもアニメ通り!」

「しかも歩く」

「マジィ!?ちょっと前まで二足歩行は難しいって言ってたじゃん!おぉ!?歩く、歩くぞ、こいつ!?」

「ん、がんばった」


僕は興奮しながらリモコンスイッチのボタンを押す。

それに合わせてロボットがテーブルの上を歩く。

その後も航行モード(機関車っぽい列車)に戻してから、もう一度、戦闘モードのロボットに変形させて、歩かせて、を満足行くまで繰り返した。


「ふぅ、堪能した」

「これ、コレクションにする?」

「するする!」

「じゃあ、ご褒美のちゅーして」

「え…いや、それは…」


明日香がずいっと顔を近づけてくる。

期待に満ちた目で僕を見てくる。

ご褒美のちゅー。

これは僕の完全なる失態だ。明日香が最初の1体目を作った時、その完成度のあまりの高さに舞い上がった僕は思わず明日香にちゅーしたのだ。ほっぺたに。今思い返してもなんでそんなことをしたのかは分からない。やってしまってすぐに土下座して謝った。幸いにも明日香は許してくれた。

それからしばらくして明日香は2体目を作った。

そして、今度も興奮する僕に言うのだ、ご褒美のちゅーは、と。


「ご褒美のちゅーは…なしかなー?」

「なら、壊す」

「待て待て待ちたまえ。これを壊すのは人類に対する冒涜だぞ!明日香もさ、苦労して二足歩行を成功させたんでしょ、惜しいよね?」

「別に。翔太がいらないなら、いらない」

「なん、だと…っ」

「翔太、欲しいなら、ご褒美のちゅー」

「あー、うー…ええい!」


欲望に負けた僕は彼女のほっぺたにご褒美のちゅーをした。


「ぬふふ…また作る」

「ゆっくりでいいから…」


明日香が将来、お金持ちのイケメンと付き合い出したら、この時のことをどう思うんだろう。黒歴史として封印してくれるならいいが、まさか訴えられたりしないよね。今から心配になってきた。

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