第2話

空には太陽がさんさんと照り輝いている。

周囲ではセミがじーじーしゅわしゅわとうるさく鳴いている。

僕はそんな田舎のあぜ道を田んぼを横目に歩いていた。


「あっつ」


にじみ出る汗を手でぬぐう。


夏休みになった。

僕は父方の祖父母の家に家族できていた。

これは毎年のことで、先祖の墓参りをかねている。

昨日、墓参りをすませ、今日は朝から部屋でゴロゴロしたり、扇風機であーあーと暇をつぶしていたら、じいちゃんに子供は外に遊びに行けと追い出されてしまった。

そうは言っても、田舎に遊ぶような知り合いはいない。だから、テキトウにぶらついた後、頃合いを見てそっと帰るつもりだ。またじいちゃんに追い出されないように。


気づくと山のふもとまで来ていた。

そう言えば、この近くに小川があったな、涼みに行くかと足を向ける。

小川についてみると、先客がいた。

子供だ。僕と同じくらいの。

川べりの近くの木の下で、三角座りしている。顔は膝につけて伏せているから分からないが、ガーリーな服装から女の子だろう。

どうしよう?引き返そうかな?と迷っていると、僕が砂利を踏みしめる音に反応して、女の子が顔を上げた。

僕は息をのんだ。

突然だが、僕はメンクイだ。おいおい、お前鏡を見て言えよって怒られるかもしれないが、仕方ないでしょ、この世界の(寝取られ)ヒロインの明日香が幼馴染なのだから。当然、僕の目も肥えるというものだ。

そんな僕から見ても、女の子は10点満点の10点をつけざるをえない、カワイイ顔の持ち主だった。

なぜか、泣いていて、目が赤いけど。


どうする?行くか?行くよね?行くっきゃないよね!

僕は新しい女の子との出会いを求めているんだ!


「ねーねー、どうしたの?何かあった?」

「…なんでもない」

「そっか」


僕は木の下にいる女の子に近づき、よっこらせと横に座った。

ふむ、さて次は?

…そんなの分かるわけないじゃん。

初対面の女の子のなぐさめ方なんて。

それが器用にできるくらいなら前世で独り身のまま死ななかったよ。

僕があーでもない、こーでもないと言葉を選んでいると、幸運にも、女の子の方から話しかけてくれた。


「わたし、力がうまく使えないの」

「力?って何の?」

「いのーりょく」

「あー、異能力か」


異能力。

この世界にはそんな不思議パワーがある。

異能力を使う者を異能力者と呼ぶ。

異能力者は国から育成が推奨されている。なぜなら、前世の記憶を持つ僕からは信じられないことだが、この世界には悪魔という超生命体がいて、常に僕たち人類は生存を脅かされているからだ。

異能力者はそんな悪魔を討伐する役目を持っている。


「ごめんね。僕には力になれそうにないや。僕は異能力なんて使えないからね」

「ふぇ、使えるよ?」

「使えるって?」

「だから、いのーりょく。あなた、いのーりょく使える」

「そうなんだ…って、え!?僕、異能力使えるの!?」

「う、うん。わたし、そういうの分かるから」

「へー」


僕は自分の手を見下ろし、ぐーぱーとする。

まさか僕自身が不思議パワーの使い手だったとは夢にも思わなかった。

僕は前世からの筋金入りのロボットアニメ好きだ。

でも、異能力系バトルものも嫌いじゃない。

心なしか僕の封印されし右腕が疼いてくるようだ。

僕はシュバッと右手を前に突き出した。


「我が漆黒の炎にのまれよ――ビッグバン!」

「…」

「我が天からの雷霆に慄け、震えよ――メテオ!」

「…」

「…」

「…」


僕ははからずも女の子を泣き止ませるのに成功したようだ。

こほんと気まずげに咳をしてから聞く。


「異能力ってどう使うの?教えてくれないかな」

「まなを感じるの」

「マナ…」

「まなは心臓の近くにあるよ」

「なるほど」


マナ。そう言えば聞いたことがある。

マナとは異能力を使うための不思議エネルギーだと。

異能力者とそうでないかは、その人がマナを持っているかいないかだと。

つまり、異能力を使える(はずの)僕にはマナがあると。

それが心臓の近くにあると。

僕はそう納得すると、目を瞑った。深く息を吸って、吐く。

自分の体内に意識を向ける。

無我の境地となって、大自然に己を合一する…。


「どう?感じられた?」

「…今日、あついね」

「うん。それで、まなは?」

「全然、まったく、これっぽっちも分かんない。本当に感じられるの?」

「わたしはすぐ感じられたよ」

「えー、うそだー」

「うそじゃないもん!ほんとだもん!」


女の子がぷっくり頬をふくらませる。


「ごめんごめん。怒らないで。でも、僕が分からないのは本当なんだ。どうすればいいと思う?」

「れんしゅうのし方があるよ」

「ほうほう。それを教えてくれるかな」

「お父さんか、お母さんに聞いてみて」

「君は教えることはできないの?」

「わたしは…おしえたくない」

「あー、もしかして秘技ってやつ?」

「ひぎ?」


女の子がコテンと首をかしげる。

その後、詳しく聞き取りをしてみたところ、どうやら秘技ってわけではないらしい。異能力者なら誰でもやっている練習方法で、帰ってからネットで調べれば分かりそうだった。

女の子が渋るのは彼女自身が教えたくない、ということらしい。

だが、しかし。

せっかくカワイイ女の子に手取り足取り教えてもらえるチャンスがそこにあるのだ。

男ならここで引き下がるなんてあり得ないでしょ。


「お願い!この通り!どうか!」

「…わかったよ」


僕の必死の懇願に、女の子が折れてくれた。

女の子はおずおずと手を伸ばしてくる。僕の両手をそれぞれの手で握る。

僕たちは近くで見つめ合う。

お目々ぱっちりでカワイイね。


「どう?」

「え?これ、もう始まってる感じ?」

「いたかったり、気持ちわるかったりしない?」

「え!?そんなにヤバいやつだったの!?」


女の子が不安そうに見てくる。

僕も不安になってくる。

が、僕の体調に変化の兆しは今のところない。

女の子がなぜか困惑している。


「どうしよう、もっとぐるぐるしていいのかな」

「ぐるぐるとは?」

「あのね、わたしのまなを右手からあなたにわたすの、そしたら、左手から戻ってくるの」

「ふーん」


つまり、彼女のマナが手を通して僕の体の中を巡り、また手を通して彼女に戻る。そんな風に循環しているってことかな。


「よし。もっとぐるぐるやっちゃいなよ」

「いいの?」

「いいんじゃない?だって、僕の体におかしなところないし」

「わ、わかった」


女の子は最初はひどく緊張していたが、僕が時間が経ってもなんともないのが分かってからは、だんだんと調子づいていき、笑顔を見せるようになった。


「ぐるぐるいっちょ入りましたァ!ぐるぐるお願いシャス!」

「うん!」

「8番テーブルのお客様もぐるぐる入りましたァ!追加ぐるぐるお願いシャス!」

「んふふ、ぐるぐる」


僕たちはわけも分からず笑い合う。

子供というのはパッションだ。

パッションで仲良くなれるのだ。


夕方。あぜ道に手をつないだ二つの影が伸びていた。

僕たちが帰り道を歩いていると、分かれ道に差しかかった。


「あ、わたし、こっち…」


女の子は確かに名残惜しそうな顔をしていた。

僕はぐっと拳を握る。

今日でこのカワイイ女の子とちょっと仲良くなれた。これからもっと親密になっていけば、大人になってイイ仲になって、ゴールインも…いける!

幸い、あと数日、祖父母の家に滞在予定だ。


「明日も会えないかな?」

「え?」

「ほら、僕って結局、マナを感じられなかったでしょ。だから、また明日、君が教えてくれたら助かるなーって」

「うん!いいよ!」

「なら、明日もお昼ご飯を食べたら、さっきのところに集合だね」

「わかった!」


女の子は僕の手を放すと、バイバイと手を振って去っていく。

僕も手を振ってそれを見送る。

あ、大事なことを聞き忘れていた――


「僕は斉藤翔太!君の名前を教えて!」

「わたしは未来!一色未来!」

「未来…?うぇっ、未来!?一色未来!?」

「うん!また明日、翔くん!」


僕は夕焼けをバックこちらを振り返った女の子、未来の姿に、10年後の成長した姿を幻視していた。

以前にも言ったが、この世界はとある同人漫画の世界だ。

そして、作者は続編を描いている。


『当たり前に寝取られる僕(異能力者編)』


主人公の斉藤翔太は幼馴染の朝倉明日香を寝取られて以降、灰色の高校生活を送っていた。

転機は2年になった時に訪れる。クラス替えがあり、隣の席になった少女とよく話す仲になったのだ。少女の名前は一色未来。未来は校内でも明日香と並んで美少女と人気だった。

彼女と話すうちに、未来が異能力者だと知る。桁外れの才能を持っているそうだが、異能力をうまく使えず落ちこぼれだという。翔太は未来の訓練に付き合うようになる。

異能力者でない翔太は近くで応援するくらいしかできなかったが、そのおかげか定かではないが、数カ月後、未来は異能力を操れるようになった。そして、異能力者の役目である悪魔討伐にも成功する。二人は喜びを分かち合った。

しかし、それ以降、未来は悪魔討伐で忙しくなり、学校を休みがちになる。交流の機会も少なくなっていく。3年になってクラス替えがあって別々のクラスになると接点もなくなった。たまに廊下で見かけ話しかけるも、よそよそしくなった。

そんなある日の休日、街中で、翔太は未来が見知らぬ男と楽しげに腕を組んでいるのを目撃してしまう。思わず声をかけた翔太に対して、未来は男は彼氏で付き合っていると言う。男は自信に溢れた細マッチョのイケメンだった。

その日の夜、翔太が家でショックを受けていると、着信がある。未来からで、動画が添付されていた。再生すると、未来があられもない格好でエッチな行為をしていて、何度も嬌声を上げていた。相手は昼間に会った男だろう。


『少し前までは、翔くんのことが好きでした~♡でも、今は~、D級の悪魔も倒せないザコザコの翔くんよりも~♡A級の悪魔を倒せる、頼りがいのあるツヨツヨなイケメンのことが~♡大大大好きなのぉ~♡』


「はっ」


カーカーと鳴くカラスの声に、僕はフラッシュバックから現実世界へと戻った。

あぜ道にはすでに未来の姿はなかった。

僕は土が剥き出しの地面にガックシと両手両膝をつく。

そっか…あの子は将来、細マッチョのイケメンにあへあへされるのか…。

そもそも、未来と出会うのは高校だったでしょ、こんなところで会うなんて知らないよ…。

せっかくイイ仲になれると思ったのに…明日香同様、諦めるしかないのか…。

僕は天を仰ぎ、ため息をこぼすと星が見え始めた空に溶けていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る