最終章 秋去り秋来る、星の光は常にそばに
汐見市の秋末は、いつの間にか訪れていた。薄い霜が降りた朝、イチョウ林の葉は一斉に燃えるような黄金色に染まり、風が吹くと葉が一面に舞い落ち、流れる星河のように輝いていた。
浅羽杏がスケッチブックを背負い、厚い落ち葉の上を歩いて林に入ると、星野朔はすでに古イチョウの枝に待っていた。今の彼の姿は、日光の下で完全にはっきりと見え、銀灰色の髪に二枚の黄金の葉がついていて、指を動かすだけで細かな光粒が舞い落ちる——閉じ込められた霊体ではなく、イチョウ林と共生する林守りになり、星屑と人間を繋ぐ、唯一無二の存在だった。
「今日は新しい絵の具を持ってきたの?」
星野朔が枝から跳び降り、杏のカバンの脇から見える暖黄色の絵の具を見て笑った。この半年、杏は汐見市で「イチョウの少女」として誰もが知る存在になっていた。彼女のスケッチブックには、イチョウ林の朝と夕暮れ、星野朔の横顔、それに星屑手紙が届けられた瞬間の優しい光景が満ちていた。
藤原さんのイチョウ菓子屋の分店が林の入口にオープンし、ショーケースには二人のイチョウ型が並んでいる。山田先生の桜餅は海外に届き、生徒から号泣の写真が送られてきた。図書館の女の子も、キットの絵を描いた絵本を持ってよく林に来て、風の中にキットの気配を感じると笑うのだ。
杏は頷き、スケッチブックを広げて絵の具をつけた。「うん、イチョウ色だよ。君の光と、同じ色だ。」
筆が落ちると、古イチョウの枝が空に伸び、光粒が葉の隙間に星のように嵌まり、根元に座る彼女と、枝にもたれる少年の姿が、一瞬で生き生きと描かれた。
描き込んでいる最中、林の中に突然無数の薄い手紙が舞い込んできた。昔の置き手紙のような淡い光ではなく、鮮やかな柔らかい光を放つ、新しい星屑手紙だ。迷子になった小鳥への子供の願い、故友への老人の誘い、汐見市を愛した旅人の想い——手紙が一面に舞い、人間界に降り注いだ星雨のようだった。
「新しい手紙が、たくさん来た!」杏が手を伸ばして一枚を受け止め、瞳に驚きと喜びが宿った。こんなに多くの手紙が舞い込むのは、初めてだ。
星野朔が手の中に光粒を集め、静かに語った。「君のせいだ。散らばっていた想いを一つ一つ届けて、イチョウ林の星屑の隙間が穏やかになった。心の中に秘めていた想いも、勇気を出して手紙になって、手紙守りを探してくるんだ。」
彼の言葉は本当だった。杏は使命を受け入れた懵懂な少女から、優しくて確かな手紙守りに成長していた。銀鈴を鳴らさなくても、心の中で呼べば星野朔の光が見え、手紙の執着もすぐに読み取れるようになった。おばあちゃんのクスノキ箱は、古イチョウの木の穴に安置され、『手紙守り日記』と三枚の銀鈴しおりが入っていた——おばあちゃんの分、星野朔の分、それに杏の分。三つの光が重なり、林の中で最も暖かい光を放っていた。
夕日が山に沈み、空はオレンジと紫が混ざり合う色に染まり、舞い込んだ手紙が次第に落ち着き、イチョウの落ち葉の上に星の絨毯を敷いた。杏はスケッチブックを閉じ、古イチョウに寄りかかり、星野朔が手紙に触れて光粒を流す姿を眺めていた。指先から流れる光は、一つ一つの想いに優しく包み込んでいた。
「星野朔、来年のイチョウは、今年よりももっと黄金色になるかな?」杏が突然、風に乗せて小声で問いかけた。
少年は彼女の隣に座り、肩を寄せ合って、淡い星屑の暖かさを伝えた。「うん、なるよ。毎年秋が来れば、新しいイチョウが落ちて、新しい想いが届き、新しい話が始まる。俺はずっとここにいて、君と一緒に星屑手紙を届け続けて、毎年のイチョウ雨を見るよ。」
杏は笑って、スケッチブックから一枚の絵をはがして彼に渡した。描かれているのは、漫天のイチョウと星屑、根元に肩を寄せ合う二人、頭上に流れる星の帯。最後には小さな筆跡で一行書かれていた——浅羽杏と星野朔、イチョウを守り、星を守り、尽きない優しさを守る。
星野朔が絵を受け取り、指で筆跡をなぞると、絵の紙が突然淡い光を放ち、一枚の小さなイチョウしおりに変わって、彼の手の中に落ちた。二人だけの、新しい証だった。
闇が次第に深まり、汐見市の灯りが一斉に点き、林の中の光粒がより柔らかく輝いた。銀鈴しおりがそっと鳴り、イチョウ葉のささやきと混ざり合い、世の中で最も優しい旋律を奏でていた。
汐見市のイチョウ林には、誰も知らない秘密が眠っている。星屑が見える少女と、林を守る少年が、百年に渡る使命を引き継ぎ、熱い想いを一つ一つ届けている——それぞれの想いに帰る場所を、それぞれの星の光に意味を与えている。
秋は去って冬が来て、冬が尽きて春が訪れる。だけどイチョウ林の秋は、決して終わらない。落ちた葉は来年の栄えになり、届けられた想いは消えない光になり、枝にもたれる少年と根元に座る少女の姿は、永遠にこの林にある。
風が吹けば手紙が舞い、秋が来ればイチョウが黄金色に染まり、毎年毎年、イチョウが満ちる時、二人の話は続いていく。
これから先、幾千の秋が過ぎても、イチョウは落ちつづけ、星の光は消えず、優しさは尽きず——物語は、まだ終わらない。
(完結)
イチョウの木の下の星屑手紙 夏目よる (夜) @kiriYuki_01
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