第4話 舞い込んだ星屑手紙に、猫の想いが宿る
汐見市の秋はますます深まり、イチョウ林の葉はますます勢いよく舞い落ち、足元には黄金色の絨毯のように敷き詰まっていた。浅羽杏がカバンを背負って林に入ると、手には買ってきた鯛焼きを提げていて、ポケットの銀鈴しおりがそっと揺れ、ささやかな音を立てていた。
「星野朔、来たよ!」
杏が古いイチョウの方へ声をかけると、暖黄色の光粒が木幹から舞い上がり、少年の姿が凝り出した。星野朔は太い枝にもたれかかり、銀灰色の髪には二枚のイチョウ葉がついていて、杏の手の鯛焼きを見て目尻を柔らかく曲げた。
「今日は甘いものを持ってきた?」
「うん、あんこ餡だよ。君にも『味わえる』よね?」
杏が鯛焼きをかざすと、星野朔の指がそっと表面に触れ、光粒が鯛焼きの周りを一周し、淡い暖光を残して消えた。「雪穂が昔買ってくれたのと、同じ甘さだな。」
少年は枝から軽く跳び降り、杏と並んで古イチョウの根元に座った。
杏はスケッチブックを開き、描き始めた。伸びる古イチョウの枝、葉の隙間に嵌まる光粒、光影に溶け込む少年の横顔——全てが優しく、絵に収めるのが惜しいほどだ。
描き込んでいる最中、足元に小さな「にゃあ」という声が響いた。目を下げると、琥珀色の瞳をしたオレンジ色の子猫が、彼女のズボンをそっと蹭っていた。
「どこから来たの?」
杏が筆を置いて猫の頭を撫でると、子猫はおとなしく彼女の手の中に丸まり、喉の奥からゴロゴロと音を立てた。星野朔の視線が子猫に落ち、眉を軽く寄せた。
「この子に星屑の気配がする。想いを抱いている霊猫だろう。」
その言葉が落ちると、風が吹き抜け、半透明の光る手紙がイチョウの落ち葉の中から舞い上がり、子猫の頭上にとまった。手紙の縁には黄金色の光粒がついていて、紛れもない星屑界の手紙だ。杏が慌てて手紙を拾うと、幼い筆跡で一行が書かれていた。
『私のお家の人を見つけて。ずっと、そばにいるよって、伝えてね。』
手紙の最後には、足元の子猫とそっくりなオレンジ猫のイラストが描かれていた。
「これが、この子の想い?」
杏が驚いて子猫を見ると、子猫は手紙に頭を蹭り、瞳にはほんのり哀しげな色が浮かんでいた。星野朔が手紙を受け取り、指で筆跡をなぞった。
「星屑界からの想いの手紙だ。この子はきっと亡くなったばかりで、執着が強すぎて霊猫になり、手紙を持って手紙守りを探してきたんだ。」
「じゃあ、お家の人を見つけて、この想いを届けなきゃ!」
杏は子猫を優しく抱き上げ、カバンの脇ポケット(隙間を空けて通気させて)に入れた。スケッチブックを閉じて笑った。「今日は土曜日だから図書館が開いてるし、人も多い。手紙の手がかりが見つかるかも!」
汐見市立図書館は市の中心にあり、ガラス張りの近代的な建物だ。入口にはイチョウの鉢植えが置かれ、風が吹くと黄金の葉がガラス戸に舞い落ちていた。杏が子猫を抱いて入ると、受付のおばさんが笑って声をかけた。
「お嬢さん、図書館にはペットは入れられないのよ。」
「あの、おばさん、この子は普通の猫じゃなくて……お家の人を探している霊猫なんです!」
杏が慌てて説明する間、子猫は突然彼女の腕から跳び降り、児童閲覧室の方へ小走りに走っていった。「あっ、待って!」
杏が急いで追いかけ、星野朔の姿がそっと彼女の後ろを追っていた——この姿が見えるのは、杏だけだ。
児童閲覧室の窓際には、ツインテールの小さな女の子が泣いていた。目の前には猫が描かれた絵本が広げられ、涙が紙面に滴り落ちていた。オレンジの子猫は女の子の足元に行き、そっと小腿を蹭り、柔らかい「にゃあ」と鳴いた。
女の子が顔を上げて子猫を見ると、瞳が一瞬大きくなり、さらに激しく泣き出した。「キット……?本当にキット?」
手を伸ばして猫を抱こうとするが、指はすんなりと霊猫の身体をすり抜けてしまった。霊猫の姿は、杏と星野朔にしか触れられないのだ。
杏は女の子の前にしゃがみ、柔らかい声で問いかけた。「キットくんのお家の人?」
女の子は頷きながら泣き続けた。「キットが先週迷子になって……どこを探しても見つからない。一番大事な友達なんだ……」
星野朔が杏の側に寄り、小声で囁いた。「星屑手紙を取り出して、書いてあることを読んであげる。そうすれば、女の子にキットの想いが届く。」
杏は慌てて手紙を取り出し、女の子に向かって優しく読み上げた。「キットくんが言ってるの。『ずっと、そばにいるよ』って。」
声が落ちると、手紙から光粒が舞い上がり、女の子と霊猫の周りを旋回した。すると霊猫の姿が少しはっきりとなり、女の子はついにキットを抱き寄せることができた。女の子は猫の毛並みに顔を埋め、悲しみと安堵が混ざった泣き声を上げた。
「キット……分かったよ。ずっとそばにいるんだね……」
女の子が優しく猫の背中を撫でると、キットは彼女の頬をそっと舐め、それから杏の足元に戻ってきて、杏と星野朔に感謝のような目をして見上げた。
星野朔が霊猫にそっと頷いた。「執着は届いたんだ。星屑界に行ってもいいよ。」
キットは一声鳴き、身体が無数の光粒に崩れ、窓の外のイチョウの光の中に溶け込んでいった。その場には一本のオレンジ色の猫毛だけが残り、女の子の絵本に落ちた。
女の子は猫毛を拾い、大事そうに絵本に挟み込み、杏に笑顔を見せた。「ありがとう、お姉さん。キットはきっと、すごくいい場所に行ったんだね。」
杏は女の子の頭を撫でて笑った。「うん、ずっと君を見守ってるよ。」
図書館を出た時、夕日がガラス張りの建物を黄金色に染めていた。杏と星野朔がイチョウ並木の道を歩くと、ポケットの銀鈴しおりがそっと鳴った。
「初めての新しい星屑手紙が、猫の想いだったなんて。」杏が柔らかく笑った。心の中は、温かいファンのように暖かく包まれていた。
星野朔が道端の落ち葉を見つめ、静かに語った。「星屑界の想いに大小はない。一匹の猫の執着でも、同じように尊いんだ。それが手紙守りの意味だろ?」
杏は頷き、突然思い出したように話した。「あ、そうだ!おばあちゃんのクスノキ箱の中に、まだ手紙が残ってるかもしれない!まだじっくり探してなかったんだ。」
「それなら、見に行こう。」星野朔が目を上げて彼女を見た。「おばあちゃんが届けられなかった手紙があるなら、彼女の願いを叶えられるだろう。」
二人がイチョウ林の入口に着くと、闇が少しずつ林を包み始め、古イチョウの光粒が闇の中で優しくきらめいていた。杏が銀鈴しおりを握り締め、胸の中に期待が湧き上がった。
もっと多くの想いが眠っていて、もっと多くの願いが叶うのを待っている——彼女の手紙守りとしての道は、まだ長く続いていくのだ。
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