株式会社KWSステーションは、健全です。
ともはっと
株式会社KWSステーションの我が部署は、今日も取締役兼部長の元、一致団結して頑張っていた。
「なあ、迅くん。俺はね、最近思うことがあるんだ」
徐ろに、私のデスクに来て、どんっと、机に手を叩きつけるように置きながら、取締役兼部長にそう言われて、勘弁してくれ、とそう思った。
ちらりと周りを――というか、私は一応課長なので、みんなの席が見える位置に席があるので、正面に現れた部長を見れば部署の部員を見ることができるのだが、彼らは部長のその一言で、すぐさまささっと席を外した。そう、そうだよね。うん。今、ちょうど昼休憩になったところだしね。みんな私を置いて逃げたわけじゃないよね。
……私以外の一致団結に、涙が出てくる。
「部長、よかったら話は昼飯食いな――」
「カワウソは、どうして卵から産まれるのだろうか、と」
「……え」
私は、この瞬間。
昼飯を食いそびれた、と思った。
今日も、始まるのだ。
彼の。部長の特異な能力、深淵無響。
「昨日君にも話したから覚えていると思うけど、カワウソの、話」
「え?」
ええ。存じ上げてますとも。
昨日あなたは出張していて社内におらず。私もまた休みなので隣の部署で切磋琢磨する同期の静君を想いながら捗っていましたとも。もちろん、捗りはスムーズでしたよ? そりゃもう、私の静君への想いは天元突破ですからね。
「残業中の静まり返ったこのオフィスでさ、私の隣に君がいて、君と話をしていた。盛り上がったよなぁ。あの話。そう、カワウソの話だよ。先日、カワウソが卵から殻を破って出てくる瞬間に、結構な音がするって話のやつ。バキバキって、結構大きな音がするんだ。でもその音って、生命の誕生の瞬間だから、とても崇高なものなんだよな」
「……続きをどうぞ」
「なんだ覚えてないのか? あんなに面白かったのに。君は本当に記憶力がないな」
「いえいえ。部長からまた聞きたいんですよ」
「そうかそうか」
すいません。まったく覚えがないです……。
あえてここであなたに言う言葉があるとすれば、知らんよ。だ。
「人間とカワウソの決定的な違いが、結局君と議論しても出てこなかったんだよね」
「ソウデスネ」
「卵の話を例にしてみると、人間はぬるっと、女性の胎内から産まれてくるだろ? もちろん男性の種が仕込まれていないとあれだけども。いや、下世話な話をしたいわけじゃないぞ」
「いやぁ……昨今は、女性でも男性の種を作ることができるので男性はいらないんじゃないかって話もありましたよね」
「そんなのどうでもいい」
話に同意してもらいたいのか、それとも膨らませたいのか、どっちなんだ。
種とかおっさん同士で話す内容じゃねぇから本当にやめてくれ。でもご飯中にこの話じゃなくてよかったと思えばいいのか。どこぞの大衆食堂でこんな話されたらどんだけ白い目で見られるか。この部署内でよかったと思えばいいのか悪いのか。
「つまり人は、未完成なんだよ。胎内から無防備に産まれる。産まれたその瞬間は、特に脆い。脆く、そして大きくなって、成人し、社会人となっても、人は組織やルールという『外殻』に守られなければ生きていけない」
「え、ええ。そうですね。会社というのはそういうものですよね」
「そう。そうなんだよ。でも、カワウソは違う。彼らは胎内から産まれるわけではない。殻を纏って生まれるんだ。その殻を生成し、殻の中で完璧な姿となる。とはいえ、完璧でなければその強固な殻からは出てくることができない。完璧であるがゆえに、自分の生まれもった鋭利な爪で自身を守る強固で安全な殻を内側から叩き割って出てくることができる」
「あー……そこでさっきのバキバキが繋がるんですね」
私は、自分の思ったことがおかしいのかと思い、目の前で熱弁する部長そっちのけでノートPCにすかさず文字を打って検索する。
こぱさん、いつもありがとう! 今日はじぇみにさん、君に決めたっ!
「『個』として完成してからこの世に産まれるカワウソ。胎内から未完成として産みだす人間。どちらが優れていると思う?」
「どちらも選べませんね」
どうなんですかね。私は自分が人間なので人間を選びたいところですね。
「ほぅ。君はあの時に出せなかった答えをしっかりと熟成させてきたようだな」
「しらんけど」
いやいや、部長には敵いませんよ。
満足そうな部長はくるりと身を翻した。ああ、よかった。今日の夢の話は、比較的短かったな。
「いいかい? 迅くん。さっきも言ったが、人は弱い。人は弱いからこそ、昨日のように、残業という薬にもならない人生を削る黒い亡霊になるんだ。誰かが作った数字や言葉。そして思惑にノせられて、人は縛られる。でも、もし人間がカワウソであったなら、どうなる?」
「どうもなんねぇよ」
その考え素晴らしいですね! さすがです部長!
終わんねぇのかよ。
「俺はね。カワウソのほうが優秀であると、思うんだよ。卵の殻。この殻は強固だ。この殻の中にあることで、人は自分を見つめ直し、磨くことができると思う」
「ならねぇよ」
部長は殻に閉じこもる生物は優秀だと言いたいんですね。凄い着眼点ですねっ!
「ふふふ……。迅くん。俺はね」
「あ、やっと本題か」
「最近やっと殻の作り方を理解し、わかってきたんだよ」
そういうと、部長はポケットの中から白い何かを取り出した。
最初は袋に入っているから、こいつまさかクスリでもやっているのか?
だとしたら今までの言動は理解できる。
ついに尻尾を出したな、このやろう!
やりやがった!
とか思ったのだが、中に入っているのは、
白い、粉だ。
……こいつ、やりやがったな!?
部長が笑う。
顔の表面が、バキっと音をたてた。それはまるで卵の殻を砕くときのような音だ。
その皮膚の下からは、茶色い湿った毛束が現れる。まるで殻を突き破って内側から、何か得体のしれないものが現れるかのように。
「――君も、どうかね? 殻の中にはいるのは、とても静かで、落ち着くよ……」
「――――――――――――――……はっ!?」
目が覚めた。
どうやら私は、夢を見ていたようだ。
隣のデスクを見る。
そこに部長はいない。
部長は、いない。
……いや。
デスクには、白い袋があった。
……いや、違う。
粉になっているだけだ。
それは、何かの粉末だ。白い、それこそ、固い何かが粉末状になった――――――――
「――君も、どうかね? 殻の中にはいるのは、とても静かで、落ち着くよ……」
耳元に、そんな部長の声が聞こえた気がして、
「きゃっ」
と高い声で叫んでしまった。
乙女かっ。
誰もいなかったからよかったが、一気に背筋が寒くなった。
……誰も、いない。
そもそも部長は今日外周りという名の豪遊で遊んでいる真っ最中だ。ちくしょうっ、捗ってやがるんだろうな。
「……まあ、夢、だよな……」
あのデスクにおいてある白い粉は違う。クスリ的なものじゃない。
あれは、今日部長が朝食べた卵の殻をなぜか持ってきて目の前で砕きだして、「きもちぃぃっ」て言っていた成れの果てだ。
うん……。夢だ。夢に違いない。
ソウダヨネ。
そうであってほしい。
私はPCで検索がかかったそれを見ながら思う。
カワウソ。
カワウソは哺乳類であって、胎生だ。
お腹の中で育てて毛のない状態で誕生し、産まれた直後は目が開いておらず、母親はしばらく巣穴で授乳しながら育てるそうだ。
「部長は、本当にそういう勘違い、してそうだよな」
まず、カワウソは、胎生なので、卵から産まれないってところから突っ込んだほうがいいのだろうか。
部長がみる夢は、まだまだ、不思議でいっぱいだ。
ああ……。もぅ……。
隣の部署の静君と、僕の種と君の卵について、話をして捗りてぇ……。
そんなことを考える私は、きっと、癒しを求めているのだろう。
つーか普通にセクハラだ。脳内だけで静君と話をしておこう。
そう思う私も、彼と同じ夢の住人なのかもしれない。
私は、そう思いながら、今日の夕飯はTKGでいっか、と家の冷蔵庫に卵があったかどうかを考えることにした。
もちろん。
部長の話はどうでもいい夢の話なので無視である。
あれ……?
俺、寝ていたはずなのに、いつカワウソって検索していたんだ?
株式会社KWSステーションは、健全です。 ともはっと @tomohut
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