特別編 クリスマスSP 聖なる夜の黒い奇跡


 季節は夏。

 じりじりと焼けるような日差しが降り注ぐ中、街は奇妙な浮かれムードに包まれていた。

 ここ異世界アウルシアにも、四季があるのかは謎だ。

 だが、どうやら「クリスマス」に相当する行事はあるらしい。


 その名も『聖誕祭(ユール・フェスタ)』。

 かつて世界を滅亡の危機から救った伝説の勇者が生まれた日であり、人々は祈りを捧げ、感謝し、そして盛大に祝うのだという。

 ……真夏に。


 セミの声を聞きながらジングルベル的なサムシングを感じろというのは無理があるが、郷に入っては郷に従えだ。

 なにより重要なのは、この日限定で販売されるという『聖誕祭(ユール)ケーキ』の存在である。

 女子高生たるもの、限定スイーツを見逃すわけにはいかない。


 私はガイドブックに載っていた超有名洋菓子店『天使の口づけ(アンジュ・キス)』へと向かった。

 だが、到着した私を待っていたのは絶望だった。


 行列。

 それも、ただの行列ではない。

 店の前から広場を一周し、さらに路地裏まで続く長蛇の列だ。

 最後尾にいた冒険者風の男に聞けば(ジェスチャーで)、先頭集団は一週間前から野営して並んでいるという。


 マジか。

 異世界のスイーツガチ勢、恐るべし。


 私が呆然と立ち尽くしていると、店の前で整理をしていた猫耳ウェイトレスと目が合った。

 彼女は私を見て、フンと鼻で笑った。

(何処の田舎者だい? こんな時間に並ぶなんて馬鹿じゃないの? 出直してきな、お嬢ちゃん)

※ほのかの脳内和訳


 案の定、私の目の前で「完売」の札が出された。

 行列から悲鳴が上がる。

 店主らしき巨漢のパティシエが扉を閉めようとする。


 待て。閉めるな。

 私のクリスマスを、ここで終わらせてたまるか。


 私はダッシュで駆け寄り、閉まりかけた扉に足をねじ込んだ。

 パティシエが驚いて目を見開く。

 私は必死に訴えた。身振り手振り、そして演劇部(部員ではないが)仕込みのパントマイムで。

「ケー・キ! タ・ベ・タ・イ! プリーズ!」


 パティシエと猫耳が、まるで汚物を見るような目で私を見下ろす。

(クズが! さっさと帰りな! 営業終了だって言ってんだろうが!)

 ……※ほのかの脳内和訳

 だが私は引かない。怪しいセーラー服を着た異世界人が、鬼の形相でドアに挟まりながら訴えかけてくるのだ。

 その狂気に気圧されたのか、パティシエがついに折れた。


 彼はため息をつき、両手で「待ってろ」のポーズをした。

 そして奥から戻ってきた彼の手には……ケーキ箱ではなく、一本の『ピッケル』と『空き瓶』が握られていた。


 ……は?

 DIY? ケーキって採掘するものなの?


 私が固まっていると、猫耳ウェイトレスが私の袖をグイと引っ張った。

(ついてきな。材料がないなら、自分で採ってくるんだよ)

 そんな顔をして、彼女はスタスタと歩き出した。


 炎天下の中、歩くこと30分。

 到着したのは、街外れにある巨大な岩山だった。

 ゴツゴツとした岩肌が、太陽の光を反射して白く輝いている。


 猫耳は尻尾を嬉しそうに振りながら、岩壁の一角を指差し、「掘れ」とジェスチャーした。

 嘘でしょ。

 これ、重機がいるレベルの岩盤だよ?

 華の女子高生に、真夏の土木作業をしろと?


 だが、ケーキのためだ。

 私は覚悟を決めてピッケルを振り上げた。

「うおりゃああああっ!!」


 カキンッ!

 ……え?


 手応えが、ない。

 豆腐か? と思うほど軽く、ピッケルが岩に吸い込まれた。

 どうやら魔法のかかった道具らしい。サクサクと岩が削れていく。楽しい。これ、ストレス解消になるな。


 しばらく掘り進めると、岩の裂け目からトロリとしたピンク色の液体が滲み出してきた。

 甘い香りが漂う。

 指ですくって舐めてみる。

 ……甘い!

 イチゴシロップと練乳を煮詰めたような、濃厚な甘さだ。これが天然の甘味料なのか。

 私は空き瓶にたっぷりと岩の蜜(ロック・シロップ)を採取した。


 店に戻り、パティシエに渡すと、次は分厚い革の手袋を投げ渡された。

 今度は裏庭へ連れて行かれる。

 そこには、身長2メートルはある巨大な怪鳥が、檻の中で殺気立った目でこちらを睨んでいた。

 ダチョウとティラノサウルスを足して2で割って凶暴化させたような生物だ。


(あいつの卵を盗ってきな)

 猫耳が顎でしゃくる。

 ……死ぬわ!


 私は死闘を繰り広げた。

 鋭いくちばしをスライディングで躱し、強烈な蹴りを制服のリボン一重で回避し、泥だらけになりながら、なんとか巨大な卵を一つゲットした。

ゲットの途中囮になって身代わりになった猫耳に敬礼

 制服はボロボロ猫耳は殉職(死んでない)、ケーキには変えられない。


 最後は、店の屋根より高い巨木の天辺だ。

 そこに一つだけ実るという『星の実』。

 高所恐怖症には地獄のミッションだったが、もはやアドレナリンが出まくっている私は猿のように登りきる⋯はずだった

木には蜂だか何だかよく分からない虫の巣があり行く手を阻む

このまま登れば大量虫の餌食だ…

私は先ほどのピッケルを出して虫の巣を地上に落とす。

地上では断末魔の叫び声がする。

(すまん猫耳⋯コレはケーキの為に必要な犠牲だ)

多少の犠牲はあったが、登り切り⋯実をもぎ取った。


 「獲ったどーーっ!!」


 厨房に戻り、全ての食材をパティシエに叩きつける。

 どうだ、見たか、日本の女子高生の底力を!


 パティシエは驚いた顔で食材を確認し、ニヤリと笑った。

 そして私に向かって、太い親指を立てた(グッド)。

(やるじゃねえか、小娘。最高のクリスマスプレゼントを作ってやるぜ)

※ほのかの脳内和訳

 彼が調理を始める。

 魔法のような手つきだ。岩の蜜を泡立て、巨大卵を割り入れ、星の実を搾る。

 オーブンから甘い香りが漂い……やがて、チーンという音が鳴った。


 完成した。

 私の努力の結晶。

 聖誕祭スペシャルケーキ。


 「……」


 目の前に置かれた皿を見て、私は絶句した。

 そこにあったのは、直径20センチほどの、完全なる漆黒の円盤だった。

 黒い。あまりにも黒い。

 イカスミか? それとも竹炭か? あるいはダークマターか?


何故⋯あの材料で黒くなる?


 恐る恐る鼻を近づける。

 ……無臭。

 あれほど甘い香りがしていたのに、完成品からは何の匂いもしない。


 パティシエが得意げに「食え」と促す。

 猫耳も目を輝かせている。

 私は震える手でフォークを刺し、黒い塊を口に運んだ。


 モグモグ。

 ……。

 

 味が、しない。

 甘くも、辛くも、苦くもない。

 食感はスポンジケーキだが、味覚だけが完全に遮断されたような虚無の味。


(な、なんで!? あんなに苦労したのに!?)


 私が混乱していると、突如として口の中で「パチパチ」と弾ける感覚があった。

 駄菓子屋にあるパチパチキャンディの比ではない。

 口内で爆竹が爆発しているような衝撃だ。


 その瞬間。

 視界がホワイトアウトした。

 そして――。


『メリークリスマス! 聖なる夜に祝福を!』


 脳内に直接、ファンファーレと共に美しい映像が流れ込んできた。

 雪景色、輝くツリー、ご馳走、笑顔の人々。

 そして、幼い頃の母(千尋)が、私にプレゼントを渡してくれた時の温かい記憶。


 ……味じゃない。

 これは「幸せな記憶」を再生するケーキだったのだ。

 無味無臭のスポンジは、記憶を映写するためのスクリーン。

 苦労して集めた食材は、脳のシナプスを刺激する魔法の触媒。


 頬を涙が伝う。

 なんて素敵なケーキだろう。

 真夏の異世界で、私は最高のクリスマスを感じていた。


 感動に浸っていると、不意に視界の端で何かが動いた。

 猫耳ウェイトレスが、私の食べかけの黒いケーキを指差して笑っている。

 見れば、私の舌も、唇も、歯も。

 全てが真っ黒に染まっていた。

 

 鏡を見る。

 そこには、泥棒コントのヒゲ面のように口の周りを黒くした、マヌケな女子高生が映っていた。


 ……感動を返せ。

 パティシエと猫耳が腹を抱えて笑っている。

 

 私は真っ黒な口で「メリークリスマス!」と叫び(日本語で)、中指ではなく親指を立てて店を後にした。

 帰り道、すれ違う人々が私の顔を見てギョッとして道を空ける。


 まあ、いいか。

 口の中はまだ、パチパチと幸せな音を立てているのだから。


【本日の評価】

★★★★★(星5つ)

 味は虚無だが、体験はプライスレス。

 「幸せな記憶」を味わえる魔法のケーキ。

 ただし、食後は口周りがお歯黒&泥棒メイク状態になるため、デート前には絶対に食べてはいけない。

 異世界のクリスマス、侮りがたし。

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ほのかの孤高の異世界グルメ 松本蛇 @hebichang

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