第二食『無料(タダ)より高い飯はない?マグマの焼飯』


 さて、今日は何を食べようか。

 そう考えて石畳の街を歩いていると、壁に貼られた一枚のチラシが目に止まった。

 何やら美味しそうな料理の絵が並んでいる。相変わらず異世界の文字はミミズがのたうち回ったようで読めない。

 私は翻訳文字盤を取り出し、レンズ越しに解読を試みる。


『新規開店』『無料』の文字


 ……無料(タダ)。

 なんて甘美な響きだろうか。

 「期間限定」と「無料」。この二つの言葉に抗える女子高生は、古今東西存在しない。

 私は真相を確かめるべく、チラシの地図に従って歩を進めた。


 大通りから少し外れた路地に、その店はあった。

 比較的新しい店なのだろう。外装も看板も小綺麗だ。

 店名は……『巨人の台所(タイタンズ・キッチン)』。

 いいではないか。今の私の腹ペコ気分にぴったりだ。


 カラン、とベルを鳴らして中に入る。

 ……客が、いない。

 広い店内に、客の姿は皆無だ。

 なるほど、立地が悪いために客足が伸びないのか。それであの「無料チラシ」で私のような情弱を誘い込む作戦か。

 悪くない。その誘い、乗ってやろうじゃないか。


 私は余裕の笑みを浮かべ、窓際の席についた。

 すぐに猫耳のウェイトレスが、愛想笑いと共に水とメニュー表を持ってきた。

(どうしてこの街のウェイトレスは、判で押したように猫耳なのだろう?)


 メニュー表を開く。

 『オークの泥煮込み』『コカトリスの目玉アヒージョ』……。

 どれもパンチの効いた未知の食材ばかりだ。味の想像が全くつかない。

 その中で、ページの中央にデカデカと掲載された料理があった。チラシに載っていたやつだ。


 料理名:『マグマの焼飯』


 危険な匂いがする。

 そして料理名の下には、見たことのないメーターのような表記がある。

 『Lv.1 Lv.2 Lv.3 Lv.4 Lv.5(MAX)』

 なるほど。これは地球のカレー屋でよくある「辛さ」のレベル表記だろう。

 レベルが上がるほど、無料になる確率や割引率が変わるシステムに違いない。


 私は手を上げ、猫耳のウェイトレスを呼んだ。

 彼女は尻尾を揺らしながらやって来た。

 私は真ん中の料理を指差し、自信満々にオーダーする。

 彼女が何かを早口で言っている。「本当にいいのか?」「辛さはどうする?」と聞いているのだろう。


 私は目を閉じ、両手をテーブルの上で組んだ。

 静かに、しかし力強く、文字盤で調べておいた単語を告げる。


「……マ・キ・シ・マ・ム(レベルMAXで)」


 その瞬間、場の空気が変わった。

 ガシャン!

 猫耳ウェイトレスが持っていたお盆を取り落とした。尻尾の毛が逆立ち、恐怖に引きつった顔で私を見ている。

 彼女は震える声で、もう一度同じ質問をしてきた(多分)。


 クドい! 女子高生に二言はない。

「マ・キ・シ・マ・ム(レベルMAXだと言っている)」


 彼女は「ヒィッ」と小さな悲鳴を上げ、慌てて厨房へ走っていった。

 奥からコックらしき巨漢が顔を出し、私を凝視する。

 その顔は、驚きと、そして狂気じみた期待に満ちていた。


 ふん、いい度胸だ。

 辛さには自信がある。昔、母(千尋)が「CoCo壱番屋の20辛を制覇する!」と急に言い出し、一時期我が家の食卓が地獄のように赤く染まったことがあった。

 あの頃に鍛えられた私の舌を舐めるなよ。


 数分後。

 ワゴンに乗せられて、"それ"はやってきた。


 ……なんだ、と?


 私は目の前の物体を見て驚愕した。

 辛さだと思っていたレベル表記。それは「辛さ」ではなく「量」だったのだ。

 私の座高ほどに積み上げられた、茶色い炭水化物の山。

 いや、もうこれは料理ではない。胃袋の破壊兵器だ。


 見た目はチャーハンに近い。頂上からは毒々しい紫色の餡(あん)がマグマのように垂れ落ちている。

 中腹には、私の拳ほどの大きさの肉塊(何の肉かは不明)がゴロゴロと埋め込まれている。


 くっ……これはやられた。

 辛さには自信があったが……私の胃袋容量は、あくまで一般的女子高生サイズだ。

 チラリとウェイトレスを見る。

 猫耳はピンと立ち上がり、尻尾はメトロノームのように左右に揺れている。目はキラキラと輝き、私の「死に様」を期待しているようだ。

 さらに厨房からは、コックが腕を組み、仁王立ちで私を見下ろしている。


 引くに引けない。

 ここで逃げ出せば、地球の、そして日本の名折れだ。

 私は震える手でスプーンを握りしめ、山裾を崩した。


 パクリ。

 ……ん?

 う……うまい。


 米の一粒一粒がパラパラに炒められており、香ばしいラードの香りが鼻腔を抜ける。

 紫色の餡は、見た目に反して濃厚な海鮮エキスの味がした。地球で言うなら「超濃厚カニ味噌あんかけ」といったところか。

 美味いじゃないか。これならイケるかもしれない。


 しかし、食べ始めて5分。第一の問題点に気づく。

 食べても食べても、山が低くならない。

 料理の圧倒的な質量に対し、備え付けのスプーンが小さすぎるのだ。これではスコップで砂山を崩しているようなものだ。

 私はスプーンの替えをジェスチャーで要求したが、ここは異世界。

 無能な猫耳ウェイトレスは、私の意図を「味が足りない」と解釈したらしく、紫色の餡をさらにドバドバとかけ始めた。


(……アホか! 量を増やしてどうする、量を!)


 無能に何を言っても無駄だ。

 私は諦めて、カバンから「ある物」を取り出した。

 日本の百均で買った『Myレンゲ』だ。

 異世界グルメ旅において、食器の不備は命取りになる。そのための備えだ。


 よし、これなら先程の三倍の速度で掘削できる。

 さらに、猫耳が追加した大量の餡が潤滑油となり、喉の通りを良くしている。

 ……ナイスだ、猫耳。結果オーライだ。


 半分ほど食べ終えたあたりで、第二の問題点が発生した。

 味に……飽きた。

 いくら美味いと言っても、この量は暴力だ。単調な塩気と海鮮の風味に、脳が拒絶反応を示し始めている。

 あれほど潤沢だった紫色の餡も、もうない。


 私はウェイトレスを呼び、身振り手振りで「味変(あじへん)」を要求した。

 しかし、アホな猫耳は首を傾げ、なぜか発光する真っ青な液体(ドリンク?)を持ってきた。

 ……無能にも程がある。


 仕方がない。

 私はカバンから「秘密兵器」を取り出した。

 赤いキャップのチューブ容器。そう、『マヨネーズ』だ。

 どんなゲテモノも、この魔法の調味料の前ではひれ伏す。

 私は周囲の視線を遮るように背中を丸め、容赦なく山頂からマヨビームを発射した。


 もう、グルメもへったくれもない。

 全てがマヨの味に変換される。だが、今はなりふり構っていられない。

 この強敵(チャーハン)を倒さなければ、明日の朝日は拝めないのだ。

 酸味とコクが加わり、スプーン……いやレンゲが進む。


 もはやコックも口をあんぐりと開けて私を見ている。

(あの小娘は一体なにをかけて食べているんだ……白いスライムか?)

 恐らくそう言っているのだろう。


 残り二割。

 ここで、最大にして最悪の問題点に直面する。

 物理的な限界だ。

 私の手が止まる。胃袋が悲鳴を上げ、食道まで米が詰まっている感覚。

 猫耳ウェイトレスの目が、期待から失望へと変わっていく。

 コックも「それ見たことか」という嘲笑の視線を私に向け、厨房へ戻ろうとしている。


 ……負けてたまるか。

 仕方がない。最終奥義を使う時が来た。


 私は目を閉じ、深く息を吐いて精神を統一する。

 そう、この世界には「魔法」がある。

 魔法の極意は「イメージ」だと、フランとかいう魔法使い野郎が言っていた。

 ならば、私にも魔法は使えるはずだ。


 カッ、と目を見開く。

 自己暗示(セルフ・ヒプノシス)、開始。


 目の前にある茶色い山は、チャーハンではない。

 これは……キャラメルナッツの乗った、特大パフェだ。

 紫の餡はブルーベリーソース。肉塊はブラウニー。


 そう、これは『スイーツ』だ!

 甘い物は別腹!

 これは全女子高生に標準装備されている、胃袋の空間拡張魔法(ディメンション・イーター)だ!


 「いただきまーす!!」

 私は猛烈な勢いでレンゲを動かし始めた。

 脳を騙し、胃袋のセンサーを誤作動させる。

 騙された料理は、存在しない「第二の胃袋」へと転送されていく。


 気づけば、店の外からも人が集まり、窓越しに人だかりができていた。

 私の食べるスピードは衰えない。

 いや、緩めたらダメだ。

 脳を騙すのにも限界がある。数秒でも止まれば、「やっぱこれ米じゃねーか!」と脳がリセットし、リバース(逆流)してしまう。

 思考を止めるな。ただ流し込め。


 最後の一口。

 パクリと食べ、飲み込む。

 私はレンゲをテーブルに叩きつけ、高らかに右手を掲げた。


 一瞬の静寂の後、ワァァァッ!! と拍手の嵐が巻き起こった。

拍手してくれる方々

 泣いているオジサン

 猫耳ウェイトレスは感極まり私に抱きついてきた。やめろ、揺らすな、出る。


 厨房のコックは、帽子を取り、「負けたぜ……」と言わんばかりに温かい目で拍手していた。


【本日の評価】

★★★★(星4つ)

味は悪くない。海鮮餡掛けチャーハンとしては一級品だ。

ただし、量という概念がバグっている。

無料につられた代償は大きかったが、勝利の味は格別だった。


 会計の場所に行くと、コックは手を横に振り、笑顔でサムズアップした。

 約束通り、代金は不要らしい。

 私も無言で親指を立て、店を後にした。


 私はパンパンに膨れ上がった腹を抱え、満足げに帰路についた。


 ……そしてその日の夜、全てリバースした。

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