退妖師と妖話師と猫の妖
赤松 勇輝
退妖師と妖話師と猫の妖
時刻は間もなく二一時。
夕食後のリビングでアイスを食べようと顔を緩めているときだ。スマホに着信があった。高校進学後クラスメイトになった早坂明香莉からだ。
嫌な予感しかしないから無視しようと思ったけど、着信音が鳴り止む気配がない。甘いものはゆっくり味わいたい僕は、ため息をついてからしぶしぶ応じることにする。
「こんな時間になんの用だよ?」
「桐谷くんに、お願いしたいことがあるの」
「……妖がらみか?」
「……うん」
電話の奥から、かすれた声が聞こえた。
僕が黙っていると、早坂が続ける。
「解体中の工事現場に、興奮してる猫の妖がいるの」
「そいつを僕に討伐してほしいのか?」
「違うの!」
違うと分かっていながら、あえてそのように伝えてみると、案の定、大きな声が返ってきた。
「……その子を助けたいの。分かってて言わせるんだから、桐谷くんって意地悪ね」
「意地悪なもんか。……妖は危険なんだぞ」
前髪をいじりながら言うと、早坂が小さく息をのむ音が聞こえた。
「でも、勝手に暴れたりなんてしない。理由があるわ」
「その理由を探すのを僕に手伝えって? 嫌な——」
「……桐谷くんが好きなカフェの春限定のいちごパフェをご馳走するって言ったら?」
「…………」
よく人のことを意地悪と言えたもんだ。
……僕が甘いものを持ち出されたら断れないくらいに、好きだって知っていながら交換条件に持ち出してくるなんて!
「……二杯だ。それなら手伝ってやる」
「ありがと、桐谷くん!」
勝手に盛り上がっているが、一つだけ忠告しておく。
「……ただし、危ないと感じたらすぐに退治するからな!」
「そうならないように、私が猫ちゃんの気持ちを読み取って見せるんだから!」
僕はため息をついてから、頭の後ろをさする。早坂にいいように使われるのは癪だけど、いちごパフェが食べられるならよしとしよう。
「場所は?」
「マップ、この後送るわね」
通話を切ると、すぐさま早坂から送られてきたマップを確認して、僕は食べようとしていたアイスを冷凍庫にしまう。
荷物を入れている肩掛けリュックを背負い、帽子を被る。親に外出することを伝え、玄関の鍵を閉めて、夜の街へ繰り出した。
★
四月の夜風を身体に受けながら、僕は自転車を漕ぎ進めると、道の脇の電柱に花が手向けられているのが見える。
そして、その傍には女の子が静かに立ち尽くしている。街灯の光を受けているのに影は見えない。
妖は日常に溢れている。
物心ついた頃から、僕には幽霊や妖といった存在を見ることができた。
僕には霊感がある。
高校に進学し、ひょんなことからクラスメイトの早坂にも霊感があることが分かり、ことあるごとに今日みたいにお願いされる事がある。
ただ、妖は危険な存在だ。暴走することがある。だから、退治する必要があるのに早坂はそれをよしとしない。
僕はため息をついてから、自転車に取り付けているスマホの指示を受けて、道の先を曲がる。
早坂は、話し合って妖とわかり合おうとしている。
……それが、どれだけ危険なことかも知らないで。
風で帽子が飛ばされそうになるから、慌ててつばを抑えると、視線の先に少女が見えたと同時にスマホが目的地に到着したことを知らせた。
「来てくれてありがとね、桐谷秀哉くん」
制服の上に、グレーのパーカーを着込んだショートボブの少女——早坂はスマホを片手に電柱に体を預けて言った。
早坂の立っている奥には、建て壊し作業中の家が見える。同時に、肌を刺すような不穏な気配を感じる。
僕は自転車から降りて、近くに停める。
「……この工事現場だな?」
早坂は頷くと、スマホをパーカーのポケットにしまって僕のそばに歩み寄る。
「建て壊し作業中に妖が暴走したそうなの。どうにかしようと思って来たんだけど、興奮状態で話どころじゃないのよね」
「退治した方がいいんじゃないか?」
「駄目よ! 理由も分からないのに、退治するなんて可哀想だわ」
早坂は声を荒げた。
僕も負けじと反論する。
「妖は危険なんだよ。可哀想だからって——」
「いちごパフェ」
僕は咳払いをして、気持ちを整える。
「……早坂次第だからな」
「分かってる。退治なんてさせないんだから」
早坂はスマホを片手にウインクをした。
落ち着かせるのは僕なのに。まぁ、パフェを奢ってもらうのだから、身体を動かす役目はまっとうしよう。
***
工事現場には、黄色地に黒字で『KEEP OUT』と記されたテープが貼られている。そのテープの奥——建て壊しが進んでいる、元は一軒家だっただろう建物の残骸の前に、低く唸り声をあげている猫がいた。
だが、ただの猫じゃない。妖だ。大きさも象と同じくらいの大きさに巨大化している。
「……おい、アレとやり合えって言うのか?」
「桐谷くんなら問題ないでしょ?」
「簡単に言うなよ……」
退治するのと、落ち着かせるために戦うのは訳が違う。単純に斬り捨てていいのなら、容赦なく戦えるけど、早坂の前でそんなことはできない。
「やっぱ、パフェは二杯で決定だな」
「食いしん坊ねぇ」
「うるさいぞ」
早坂と睨み合いながらも、僕は肩掛けリュックから定規と付箋を取り出す。
霊感がある人間には、霊力がある。その霊力を使って、妖と向き合うことができる。僕の場合は、退治するという方法になるけれど。
「文房具を武具化する霊力——面白い能力よね」
「バカにしてるだろ?」
早坂は首を振る。
「そんなことないわ。私はスマホで妖の思考を読むことしかできないから、気持ちを落ち着かせてくれるのは感謝してるのよ」
気持ちを落ち着かせてくれる、という部分を早坂は強調して言った。
要するに、退治することはよしとしていない。僕が先に見つけてたら、さっさと退治していたのに……。
「全く……妖の暴走の理由、早く見つけてくれよ?」
「……わかってる」
付箋はいつでも使えるように、ズボンのポケットにしまっておく。定規に霊力を込めると、日本刀に姿を変えた。
「危ないから、早坂はテープの外で見てろよ」
早坂に声をかけ、黄色地のテープを超えた瞬間——猫の妖が僕を睨みつける。それが、境界を超えた合図のように。
猫は威嚇するように僕を睨みつけ、低く唸り声を上げている。二つに分かれた尻尾は毛が逆立ち僕がこれ以上進むとすぐにでも攻撃されそうだ。
「僕はお前を退治しにきた訳じゃ——って、いきなりかよっ!」
猫に語りかけた瞬間に巨体が跳ねた。僕は剣で受け止め、そのまま後ろに弾かれながら距離を取る。象みたいな巨体に似合わない俊敏さは、さすが猫だ。
力も素早さもある相手は、なかなか厄介だけど、いちごパフェのために頑張ろう。
「なぁ、お前はどうして暴れてるんだ? この工事現場が好きなのか?」
僕の問いかけに、猫は声にならない叫び声をあげる。
猫の突進をかわしつつ、背後の早坂を庇い剣を構えながら叫ぶ。
「おい早坂、こいつなんて言ってる?」
「まだ『黙れ』としか言ってないわ! 戦いながら、もっと情報を引き出してみて!」
「簡単に言うな!」
叫びながら、僕は猫の攻撃を剣で受け止める。剣と爪がぶつかり合う音が静かな工事現場に響きわたる。
猫を睨みつけるが、相変わらず興奮している様子で荒く息を吐いている。
「意味もなく、こんなところに……いるわけないよな」
僕がつぶやくと、ぶつかり合う猫の力に一層力が入った。ガキンッと僕の剣が薙ぎ払われた。
「くそ、剣が!?」
猫の爪が襲いかかってくるから、僕はズボンのポケットから付箋を取り出し、一枚剥がして宙に投げた。
「付箋、盾になれ!」
ひらひらと舞い上がった付箋が、空中でぐにゃりと形を変え、盾となって僕の前に展開される。
盾が猫の鋭い爪による攻撃を受け止め、火花を散らした。
僕が言った言葉に反応したみたいだ。こんなところで、と言った瞬間に凶暴性が増した。
「この場所に何かあるのか?」
猫はさっきよりも興奮しているのか、背中を持ち上げてシャーッと威嚇してくる。
「言ってる場合じゃないわ、桐谷くん! 『出てけ』って叫んでるわよ!」
「そうかよ!」
僕はそう吐き捨て、襲いかかってくる猫の攻撃を走ってかわして、定規を取り戻して剣に戻す。
猫がすかさず手を薙ぎ払ってくるから、剣で受け止める。
「……出てけ、か。やっぱ、お前ここが好きなんだろ? 何でだ?」
猫の連続攻撃に、剣で受け止めるも力およばず吹き飛ばされる。瓦礫に叩きつけられて、思わず声が漏れる。
「がっ!? ……って、ちょっとは休ませてくれよ!」
「『許さない』って言ってるわよ! 桐谷くん逃げて!」
早坂がテープの向こう側で叫んでいるが、猫は待ってくれない。巨体を跳躍させて、襲ってくる。
「やべえっ」
すぐに付箋の盾を作ろうと思うが間に合わない——かと思ったが、すんでのところで猫の攻撃がピタッと止まる。
「……こ、攻撃しないのか?」
僕が呟いた直後に、猫が激しく泣き叫んだ。
「一体、どうしたんだ」
僕には何を言っているのか分からない。だが、猫は今までとは違う怒りの声というよりかは悲痛な声で泣いているように感じる。
今が逃げるチャンスだ。僕は攻撃の手を止めた猫から距離を取る。
背中が痛いが、まだ動けるな。
猫は少しの間瓦礫を見て、それからまた僕に視線を戻した。その目つきは、今まで以上に鋭いものになっている。
そんな猫の姿を見て、僕は頭の後ろをさすり、ため息を漏らす。
「……やっぱ、人間と妖は相容れない存在だよ、早坂」
今までは、早坂との話もあって落ち着かせる方法を見つけるために戦っていたけど、これ以上は難しそうだ。
剣を構えて、切先を猫に向ける。
「ここからは、退治の時間だ!」
僕と猫の間に一陣の風が吹き荒れる。
***
剣の切先を向ける僕に、唸り声を上げる猫。少しでもどちらかが動けば、すぐさま戦闘が始まる。
その中で、先に動き出したのは——
「……早坂!? お前は戦えないだろ、危ないから外に出てろよ!」
「退治なんかさせない!」
そう叫びながら、早坂は瓦礫の山へと駆けて行く。
猫が早坂に視線を移し、今にも襲い掛かろうとしているから、すぐに間に割って入る。
「お前の相手は僕だ!」
猫は尚も早坂の方に行こうと手を振り下ろしてくるから、剣で受け止める。
「早坂、今すぐそこを離れろ! じゃないと、こいつを斬るぞ」
「駄目っ!」
猫を見ているから、早坂が今どんな表情で叫んだのか分からない。だけど、悲痛なものではない。何か、確信しているかのような声色だ。
「……そこに何かあるのか?」
「さっき、この子『ここは僕が守る!』って言ったの! ここに、この子の暴走を止めるヒントがあるかもしれないわ」
「その瓦礫の山にか?」
「そう! だから、もう少しだけ待って!」
猫は今すぐにでも瓦礫の山から早坂を追い払おうとしている。そんな相手を食い止めておけだなんて……。
「人使いが荒すぎるだろ! 僕は早坂のパシリじゃないぞ!」
「後でパフェを奢るんだから、我慢してよ!」
霊力を使うと疲れるから、甘いものが食べたくなる。いちごパフェを食べることを想像しながら、活力を生み出す。
「……見つけられなかったら斬るからな」
「そんなこと、させないんだから!」
それっきり、早坂は瓦礫の山から何かを探し始めたようで静かになった。だが、猫は一層攻撃の手を強めてくる。
「お前のその様子だと、瓦礫に何かあるんだな? ……いちごパフェのためだ、もう少し相手してやるよ!」
さっきまでは情報を引き出す目的で戦ってたから、防戦一方だったけど、早坂が何かを掴んだみたいだから少し反撃しよう。
全身に力を込めて、剣で猫を薙ぎ払う。
僕の剣戟に吹き飛ばされた猫が宙を舞い、巨体が地面を揺らす。
「ちょっと、斬ってないわよね!」
「……うるさいなぁ。斬ってない! 吹っ飛ばしただけだ」
そう言って、早坂の方をチラッと見るとスマホを片手に何かを探している様子だ。霊力で残留思念も読み取ることができるから、何か事態を打開するものを探しているのだろう。
「それより、お前は探し物に集中しろ!」
「分かってる!」
猫に視線を戻す。こちらもまだまだ余裕はありそうな様子で、起き上がっている。シャーッと威嚇の声を上げながら、目をカッと見開いて僕のことを睨みつけてくる。
「そうそう、お前の相手は僕だ。パフェを奢ってもらうんだ、早坂には近づかせないぞ!」
僕と猫が同時に駆け出し、剣と爪がぶつかり合う。さっきよりも猫の攻撃力も上がっている。早く僕を片付けて、早坂をあの瓦礫の山から遠ざけたいみたいだ。
「僕だって、そう簡単にはやられないからな!」
地面を踏み締めて、力いっぱい剣を振り猫の爪を払いのける。それから、剣の峰で猫の腹にドスッと一撃をお見舞いする。
だが、当たった感触がない。
「……尻尾でそんなこともできるのかよ」
僕の攻撃は尻尾に絡め取られ、防がれてしまった。尻尾をグインと宙に浮かせた拍子に僕も宙を舞い、そのまま地面に叩きつけられた。その拍子に息が漏れ出る。
「……がはっ!?」
「桐谷くん!」
早坂が叫ぶが、地面にうつ伏せで叩きつけられたまま僕は言う。
「……早坂は、探し物に集中しろって言ってんだろ。猫の相手は僕がするから……」
身体が痛い。起き上がるのも辛いけれど、このまま寝ていると猫が早坂の元へと向かってしまう。僕みたいに戦う力を持たない早坂が攻撃を喰らってしまったら、ただじゃすまない。
妖は危険な存在だ。この信条は、僕から崩れることはないだろう。
でも……。
「……いちごパフェのために、早坂に傷つけられたら困るんだよ」
剣を杖代わりにして立ち上がる。立ち上がったものの、痛みから視界がぼやける。正直、もうあまり動ける自信がないけれど時間稼ぎくらいならやれないこともない。
深呼吸をしてから、剣を構える。
「邪魔、するなよな」
猫を睨みつけると、一瞬たじろいだように見えた。どうしてなのかは分からない。でも、次の瞬間には先端が二本に分かれた尻尾を僕に巻き付けてくる。
「がああああああっ!?」
空中で身体を締め付けられ、痛みから絶叫を漏らす。ギチギチとこのままの勢いだと骨も砕けてしまうんじゃないかと思えてくる。
だめだ、もう身体を動かすことはできない。文房具を武具化して戦うこともできないから、僕の役目もここまでか。
というか、このまま死ぬんじゃないか……。
痛みで、意識が朦朧とする中——視線の先に早坂が駆け寄ってきたのが見えた。僕と猫の間に割って入るかのように。手には何かを持っているが、暗がりでよく見えない。
「……は、早坂。……お前は逃げろ」
「大丈夫よ」
笑みを浮かべる早坂は、猫に向かって叫ぶ。
「あんまりおいたが過ぎると、怒るわよ『レオ』っ!」
次の瞬間、猫はびくっと身体を震わせたかと思うと、僕を締め付けていた尻尾を緩めた。空中から僕は投げ出されて、地面に落下する。
その痛みもあるけど、僕は早坂に言いたいことがある。
「……遅えよ」
「待たせてごめんね」
そう言って早坂は、猫に視線を移す。
「じゃあ、ここからは話し合いの時間としましょうか、レオ」
早坂の優しい声色に、猫は心なし涙目を浮かべているように見えた。
★★★
桐谷くんが地面に投げ出されたのを見て、私は思わず息を呑んだ。
象と同じくらいの大きさの妖の前に立つことはすごく勇気がいることだと思う。それを、いつも私のわがままでその役目を桐谷くんにお願いするのは申し訳ない。
だからこそ、いつも甘いもので釣ってしまっているのだけれど……。
それでも、退治はしてほしくないから、私が全力でそれ以外の選択肢を見つけるしかない。
背後をチラッと見ると、桐谷くんは、目はうつろで息も絶え絶え。今にも気を失いそうなほど傷ついてしまっている。もう、戦う必要はない。ここからは、私の時間よ。
私は、建て壊しの進んだ家の瓦礫の中で見つけた、首輪から読み取った残留思念による情報をレオに伝える。
「ここは、あなたと飼い主さんが住んでいた家だったのね」
だからこその『出てけ』と言う言葉や『ここは僕が守る』と言う言葉をレオは発していた。思い出の地に見ず知らずの人間なんて立ち入ってほしくないもの。
ましてや、建て壊しなんて、思い出を破壊されるようで我慢できずに暴走してしまうのも無理ないと思う。
「思い出が残る場所を壊されるのは、悲しいわよね」
レオは震えている。子どもが泣きじゃくるかのように、レオは叫び声を上げる。
妖の言葉は人間には分からない。でも、私にはわかる。スマホを通して、思考を言語化する霊力があるから。
スマホを見ると『僕とばあちゃんの思い出をあいつらは壊そうとしたんだ!』とレオからメッセージが送られてきた。
あいつらというのは、工事の人たちのことね。空き家の解体、という土地の有効活用としての側面はあるけれど、レオからしたらそんなことは知らない……。
でも、私はここで読み取ったことをレオに伝える必要がある。
深呼吸してから、私は口を開く。
「でも、あんまりおいたが過ぎることは、いけないんじゃないの?」
レオがぐっと言い淀んだように感じる。
他人の思い出に土足で踏み込むのは、あんまりいいことだとは思えないけど、桐谷くんに退治されないようにするためには仕方がない。
「レオは昔からいたずらばっかりしてて、おばあちゃんに怒られてたんでしょ?」
『……寂しかったんだ』
スマホに届くレオの気持ちに、私はクスッと笑ってしまう。
レオの気持ちの根底はきっとここにある。寂しい——だからこそ、飼い主さんと思い出のあるこの家の建て壊しの邪魔をした。
居場所が、ここでしか見つけられなかったから。レオの寂しい気持ちを満たせるのはここしかない。
そうなると——私はゆっくりとレオに歩み寄る。
「……は、早坂、あんまり妖に近づくな」
背後から桐谷くんの私を心配してくれる声が聞こえてくる。自分はボロボロになってるのに、まだ私の心配をしてくれる。
口では甘いもののためと言っているけど、私の気持ちを慮ってくれる。怪我をしながらでも、最後まで私の願いを叶えてくれる。
……だから、頼ってしまうのよね。
「大丈夫」
前を向きながら、私は桐谷くんに言って、それからレオを抱きしめる。
「寂しかったのね。でも大丈夫、これからは私があなたの居場所になってあげるから、ね」
レオを見ながらウインクすると、大きな声で泣き出した。
それに呼応するかのように、レオの大きさは普通の猫と同じくらいの大きさに戻っていった。
レオを抱き抱えながら、私は瓦礫の中から見つけた首輪をつけてあげる。
「ふふっ、レオ似合ってるわよ」
『……ありがと』
「自己紹介をしておこうかしら。私は早坂明香莉、よろしくね」
『アカリ! よろしくな』
レオの頭を撫でた後で、クルッと回って桐谷くんにピースをする。
「一件落着ね!」
「……全く」
桐谷くんはつぶやいて、ため息をついたけど、すぐにふっと笑った。
「そうだな」
***
身体中が痛い。起き上がるのもしんどいけれど、このまま寝てるわけにもいかない。剣を杖代わりにしてなんとか身体を起こしたけど、ふらついて僕は地面に尻餅をついた。
「桐谷くん、大丈夫?」
「大丈夫……じゃないな。身体中が痛えよ」
「ごめんなさい」
早坂が俯くが、痛みの原因は早坂が抱えている猫の妖——レオだ。
「やってくれたな、この野郎」
猫の額を突くと、一瞬威嚇するようにシャーッと叫んだけど、すぐに小さくにゃんと鳴いてそっぽを向いた。
「『……悪かった』って言ってるわよ」
「そうかい。まぁ、次暴走したら退治してやるって言っておいてくれ」
「そうならないように、私がしっかりと面倒を見てあげるわ。ねぇ、レオ」
レオは嬉しそうに鳴いている。
……まったく。
「それより、約束は覚えてるよな。いちごパフェ二杯だ。僕はもう霊力を大量に使って今すぐ甘いものを食べたいんだよ!」
「い、今から行くつもりだったの!?」
「当たり前だろ! 戦った後は疲れるからな」
「そんなボロボロの格好で行ったら怪しまれるわよ。それに、こんな時間にカフェが開いてるわけないじゃない!」
「なんだって!?」
僕は絶望で頭を抱えた。戦って、霊力も大量に使って甘いものを今すぐにでも食べないと、倒れてしまいそうなのに食べられないなんて!
「……最悪だ」
「もう、格好つかないわねえ」
そう言って、早坂はパーカーのポケットから個包装されたチョコレートを取り出し、僕に差し出した。
「今日はこれで我慢して」
「チョコ! サンキュー、早坂!」
早坂からさっと受け取って、封を開くとチョコの甘い匂いがふわっと漂ってくる。口に入れると、じわっと溶けて甘さが口いっぱいに広がる。
「あぁ、甘いものは最高だぁ。疲れが一気に吹き飛ぶぜ」
僕がチョコの美味しさに満足していると、早坂がクスッと笑った。
「……なんだよ」
「ううん、お疲れ様」
早坂が手を差し出してきたから、手を借りて立ち上がる。全身が痛いけど、帰らないと家族を心配させることになる。
痛みを堪えながら、歩き出すとレオが不意に短く鳴いた。
「……なんだよ?」
「『また、遊んでくれ』だって」
僕は一瞬呆気に取られたけど、すぐにため息を漏らす。
「……あんな遊びはもうゴメンだぜ」
早坂の笑い声が、静かな夜の街に響き渡った。
退妖師と妖話師と猫の妖 赤松 勇輝 @akamatsuyuki
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