第2話

 「おぎゃあ、んぎゃあ……」

 「ママー、あかちゃんないてるよ!」


 耳をつんざく泣き声。ゆさゆさと肩を揺さぶる娘のキンキンした声が頭に響く。


 うるさい。しんどい。眠い。

 寝不足で頭が痛む。


 のろのろと重たい体をなんとか起こす。激しく泣き続ける息子の様子を見て世話をする。その間も娘がしつこく話しかけてくる。


 「ママ、ご本よんで」

 「ママ、こっちみて」

 「ママ、おやつ!」

 ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ、ママ……


 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……

 「うるさーいっ!」


 私の声に娘の目が大きく見開く。

 「うわぁーん!」


 娘の泣き声につられて、泣き止んでいた息子までつられて泣き出した。


 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、うるさい……

 

 泣きながら縋ってくる娘を思わず強く振り払った。




 気づくと、また灰色のもやの中にひとりで立っていた。


 こんなはずじゃなかった。髪を振り乱しての育児。仕事が忙しくなった夫の協力は得られない。年長さんになってしっかりしたと思っていた娘が赤ちゃん返り。


 つらい。しんどい。いらいらする。

 いらない。こんな未来、いらない!



 もやの色が変わっていく。黒く。黒く……




 黒い服を着ている。もやと同じ黒い色。

 どうしてだろう。

 花に囲まれて並んでいる写真。笑顔で映っているのは、夫と長女と長男。

 あちこちからすすり泣きが聞こえてくる。

 なぜみんな泣いているのだろう。


 ああ、この黒い服は喪服だったのね。




 「いらないって言ったから、みんないなくなったよ」

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卵は薄氷を転がる @159roman

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