卵は薄氷を転がる

@159roman

第1話

 「これはあなたの未来が生まれる卵です。

 どうぞ大事に育ててください」


 知らない誰かから卵を手渡された。


 両手のひらに収まる球形の卵。

 乳白色でほんのりと光っている不思議な卵。


 幸せな未来が約束されたような卵。

 

 これは夢。そう、夢。未来が生まれる卵なんて非現実的すぎる。


 現実の私には、優しい夫とかわいい子供たちがいる。

 夫はいつも私を気遣ってくれる。年長さんになったばかりの長女は生まれたばかりの弟をかわいがり、よくお手伝いをしてくれる。長男は手のかからない子で、育休中のいまのうちに私は資格取得の勉強を進めている。


 充実している。幸せだ。

 卵からは幸せな未来が生まれるに決まっている。


 私はそっと卵を胸に抱いた。

 ぬくもりを感じる卵に愛おしさが募る。


 ドクン


 卵が脈動した。

 本能的な恐怖で卵を落としてしまう。


 地面を転がる卵にひびが入った。白とも黒ともつかない灰色のもやが卵から溢れてくる。


 あたり一面が灰色になっていくなか、私は立ち尽くすことしかできなかった。

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