第2話 廃棄都市は、ぼくにとって宝の山でした


 数日後。

 ガタガタと揺れるボロ馬車から降り立ったぼくを待っていたのは、想像を絶する光景だった。


「わぁ、ひどいなぁ、こりゃ」


 場所は、デッドエンド。白骨樹海の中に建てられた領主の館。

 とは名ばかりで、その建物は屋根が抜け落ちた完全な廃墟だった。

 鼻を突くのは、強烈な潮の香りと、何かが腐ったような饐えた臭い。

 庭は背丈ほどの雑草が生い茂り、そこかしこに錆びた剣や、壊れた鎧、腐った家具が不法投棄されている。


 ぼくの到着を聞きつけ集まってきた、近隣の村人たちは痩せ細り、遠巻きにぼくを見ながらヒソヒソと噂していた。


「また新しい領主様か……」

「あんな子供じゃないか。口減らしで捨てられたんだな、可哀想に」

「どうせすぐ死ぬさ。こんなゴミだらけの土地、住めるはずがねえ」


 確かに、普通なら絶望するだろう。

 でも、ぼくの目にはまったく別の景色が映っていた。


「すっごーい! 全部『資源』じゃない!」


 ぼくは誰にも見られないよう、館の裏手へと回った。

 足元には、錆びだらけで刃こぼれしたショートソードが転がっている。

 ぼくは小さな手でそれを拾い上げた。ずしり、と鉄の重みが手に伝わる。赤錆が手に付着してザラザラした。

 念じると、視界に半透明のウィンドウが浮かび上がる。


~~~~~~~

【ユニークスキル:リサイクルショップ】

▼現在の状態

 店長:リオン・サイハーデン(8歳)

 所持RP:0 RP

▼対象物を検出しました。処理を選択してください。

 ①【買取(売る)】:対象物を消滅させ、ポイントに変える。

 ②【在庫(収納)】:倉庫に収納する。(現在容量:レベル1/四畳半)

~~~~~~~


「なるほど、選べるんだ」


 ぼくは顎に手を当てて考えた。

 【在庫】に入れれば、後で取り出して直して使うことができる。

 でも、今の倉庫レベルは1。容量は「四畳半」しかないらしい。なんでもかんでも拾ってたら、すぐにパンパンになっちゃうな。


「この剣は完全に錆びてるし、まずはポイントかな」


 ぼくは錆びた剣を握りしめ、心の中で選択した。

 ――①の【買取(売る)】。


 シュンッ!

 手の中にあった鉄屑が、光の粒子となって吸い込まれるように消滅した。

 同時に、頭の中で小気味よいレジスターの音が響く。


『チャリン♪ 15RP(リサイクル・ポイント)を獲得しました』


 ウィンドウの所持ポイントが『0』から『15』に増えた。


「あはっ、本当に売れた! ゴミ処理もできてお金(ポイント)も貰えるなんて、最高じゃない!」


 興奮したぼくは、目の前にある巨大な粗大ゴミ、半壊した馬車の残骸に手を触れた。

 撤去するだけで大人数が必要な厄介物だ。

 こんな巨大なもの、四畳半の倉庫には入らない。だから選択肢は一つだ。


「【買取】!」


 シュバババッ!!

 一瞬にして馬車の残骸が消え失せ、更地になった地面が現れる。


『大型粗大ゴミを買取。350RPを獲得しました』


「すごーい! お掃除も運搬もいらないよ。ただ触れて『売る』だけで、環境美化完了!」


 そこからのぼくは、キャッキャと庭中を走り回った。

 朽ちた柵を売り、割れたツボを売り、雑草すらも根こそぎ「売却」していく。

 みんなが嫌がるゴミの山が、ぼくにとっては宝の山、オモチャ箱にしか見えない。


 一時間後。

 あれだけ荒れ放題だった屋敷の前は、まるで新築予定地のようにピカピカになっていた。

 そして、ぼくの所持ポイントは【5800RP】まで膨れ上がっていた。


「ふぅ、いい汗かいたぁ。……さて、次はこの貯まったポイントで『買い物』だね」


 ぼくは額の汗をぬぐい、拾っておいた一本の短剣を取り出す。

 これだけは売らずに、手元に残しておいたのだ。

 錆びついて鞘から抜けない、完全なガラクタ。

 でも、ぼくには分かってる。これは磨けば光る。


 ぼくはウィンドウの【販売(買う)】タブを開く。

 そこには、稼いだポイントで交換できる「サービス一覧」が並んでいた。


 ①【市場調査リサーチ

 ②【商品修繕リペア

 ③【仕様変更リメイク


「選ぶのは当然、②の『商品修繕リペア』!」


 短剣を選択すると、見積もりが表示された。


【修繕費用:300RP】

【実行しますか? YES/NO】


 ぼくは迷わずYESをポチッ。

 直後、短剣が淡い緑色の光に包まれた。

 ――ヴィィィィン……ピカーッ!

 光が収まると、そこにあったのは赤錆だらけの鉄屑ではない。


 曇りひとつない銀色の刀身。研ぎ澄まされた刃。柄の革も新品のように張りがある。

 まるで、今さっき王都の工房から出荷されたばかりの「新品」だ。


「うん、完璧。新品同様どころか、完全に直ってる」


 ぼくは蘇った短剣を振り、ヒュンと風を切る音を楽しんだ。

 8歳の子供の腕力でも、これなら戦えるかも。


 ゴミを拾って(売って)、ポイントを稼ぐ。

 そのポイントで、ガラクタを宝物に再生(修繕)する。

 元手はゼロ。リスクもゼロ。

 あるのは、無限の資源(ゴミ)と、ぼくの好きなようにできる領地だけ。


「これ、追放刑じゃなくて……ただの『ボーナスステージ(楽園行き)』じゃない?」


 ぼくはニシシッと悪戯っぽく笑うと、次のメニューに指を伸ばした。

 拠点の掃除と武器の確保は終わった。

 次は①の【市場調査リサーチ】だ。


 ぼくは期待を込めて、ウィンドウに表示された①の【市場調査リサーチ】をタップした。

 検索条件は、『この近くに落ちている有望な廃棄物(人材)』だ。


 ピロンッ!

 軽快な通知音と共に、目の前の空間に周辺の3Dマップがホログラムのように展開される。

 すると、館の裏手に広がる『死滅海』の波打ち際に、一つだけ強烈な赤色の光点(シグナル)が点滅していた。


『検出完了。レアリティ【SSR】の廃棄物を発見しました』


「えっ、SSR!? いきなり大当たりじゃない!」


 ぼくは思わずその場でぴょんぴょんと小躍りした。

 SSR(スーパースペシャルレア)なんて、前世のソシャゲでも滅多にお目にかかれない代物だ。


「待っててね、ぼくのSSR!」


 ぼくは逸る気持ちを抑えきれず、海の方角へと小さな足を走らせた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る