5話 義妹の朝


 朝の色が好き。

 カーテンを開けると、暖かな日差しが舞い込んでくるから。


 朝の匂いも好き。

 窓を開ければ、澄んだ冷たい空気が身を引き締めてくれるから。


「今日も、コツコツ、勝負」


 私は河合かわい花恋かこい、13歳。

 世間では天才囲碁棋士なんて評価されているけど、自分は凡庸だと思う。

 思ったことは上手く口にできないし、行動で表すのが苦手。


 ただ、物心ついた時には年の離れた兄が病気と闘う姿を見て育った。

 兄はやりたいことができなくてもがいていた。

 苦しんでいた。


 だから、自分はやれる時にとことんやろうって。

 そうやって囲碁に夢中になって、気付けばプロ棋士になって、13歳になった今。タイトル戦に挑戦できるようになっていた。


 私がこうやってプロ棋士として戦い続けられるのも、兄が病気と闘い続ける姿を見せてくれたからだと思う。


「今日も、無表情、貫く」


 以前の私は、対局中によく自分の感情が顔に出てしまった。

 きっと口ベタな分、顔に出やすい性質なんだと思う。

 対局相手に自分の思考や焦りを見抜かれ、不利に働いてしまった。そんな時、兄を思い出した。


 辛いはずなのに、泣き顔一つ見せなかったお兄を。

 

 だから、常日頃から鉄面皮。

 揺るがず、動じず、勝ちを取りに行く。

 それはいつしか私の当たり前になっていて、兄の容態が悪化したときもそうだった。


「お兄……死ぬ?」


 病院のベッドで伏した兄を見て、必死に願った。

 このまま私も耐えれば兄も勝てるはずだから。

 だから終始、無表情で、涙をこらえて————


 理不尽な怒りを兄にぶつけてしまった。


 元気になったらたくさん遊ぶって約束、忘れたの?

 社会人になって、忙しいのはわかってたから遠慮してた。

 でも、このまま死んじゃうの?


 久しぶりに会った時、つまらなそうな顔で仕事の話をしてたよね。

 せっかく元気になったのに、お兄はまた辛そうだったよね。

 それで、辛いまま、死んじゃうの?


 あふれるたくさんの気持ちはつっかえて。

 生死の境を彷徨う兄へ絞り出せたのは、恨み言みたいなひどい言葉。


「お兄……許さない」


 死ぬなんて、許さない。

 そんな想いが神様に通じたのか、兄は奇跡的に元気を取り戻した。

 

「ふっ、我が妹、花恋かこいよ。心配をかけたな」


 私が待ち望んだ兄の笑顔。

 ちょっと様子がおかしくて、でもすごく嬉しくて。

 しかも兄は、今まで一度だってしてくれなかったことをしようとした。


花恋かこい、ちこうよれ」


 両手を広げるジェスチャーは、私を抱っこするって証。


 そんな、の。

 急にされたら、








 死ぬ、死んじゃう……。



 嬉しすぎて、心臓がもたなくて、こっちが死の淵に立たされちゃう。

 だからあの時の私は。

 明後日の方向を向いて、必死に顔を背けてしまった。


「でも、今日から……お兄と一緒」


 共通の趣味ができたから。

 兄と遊べる。


 ただ、心配事もある。

 エデンで会った時、兄のキャラが銀髪の幼女だったこと。

 なんとなく私に似てるのは嬉しいけど、どうして幼い女の子なの?

 好みで作ったとしたら、嬉しいけど残念……。


 しかもキャラ名がロリゲスって……もしかしてお兄ってロリコンのゲス野郎だったの? 

 そ、そういえば私が大きくなるにつれて絡む機会も減ったし……遊んでもくれなくなってたし……。


 考えると兄には不安なところがたくさんある。

 すぐ真面目にコツコツ、自分を追い込む癖もある。

 昨夜だってチルするはずなのに、いつの間にか草むらから出てくる【亡者】を全力で警戒して。

 足元ばっかり凝視するから、ゆるーく遊んでほしいって思って。

 ちょっと呆れ気味に『少しは、上見て、歩く』なんて言っちゃった。



「でも、楽しそうだった」


 星空を見上げる兄はホッとした表情を浮かべていた。

 また、あんな顔をしてほしい。

 いや、私がしてみせる。

 今夜は何をしようかな。


 朝の静かな時間に、私はそっとエデンアプリを起動する。

 そこには様々な攻略情報や交流掲示板などが立てられていて、ザっと目を通す。


『エデンの運営が鬼畜すぎる』

『星が落ちた日』


『初心者応援ボーナスキャンペーンは罠』

『多くの転生人プレイヤーが【白き千剣の大葬原だいそうげん】に集まったのにな……』


『初心者と一緒に【亡者】を倒すともらえるポーション目当てで行ったら……隕石落ちて来てオワタ』


『中級者や上級者にも被害続出』

『最悪の災厄やん』



 なんだか昨夜のことが話題になってる。

 でも、みんな真相に届いてない。


「あれは、お兄が起こした奇跡」


 兄は『流れ星に新たな願いを込めてみよ』なんて言ってたけど、それはもう叶っちゃった。



「二人だけの秘密、ほしかった」


 思い出したら、被ったはずの鉄面皮がもにゅもにゅと口元から崩れそうになってしまう。

 昨日はあれから、お兄が『明日も共にたわむれようぞ』なんて言ってくれた。


 でも私はすぐに首を横に振った。

 対局もあるし、碁の研究があるから無理って。



「でも全部やったら、すぐ転移ログインする……!」


 私は朝の色が好き。

 だって、暖かな日差しが舞い込んでくるから。


 朝の匂いも好き。

 澄んだ冷たい空気が身を引き締めてくれるから。


 どちらもそれはお兄みたいで————



「今日の対局、絶対に勝ち星、あげる」



 私は病に苦しむ兄を、救える誰かになりたかった。

 仕事で元気がなくなってゆく兄を、励ませる誰かになりたかった。

 少しでも兄が抱える重荷を、一緒に背負える誰かになりたかった。


 だから転生を望んで、エデンに行けるようになった。






活動報告に4話【流星チル】のイラストを描きました。

拙いですが、よろしければ覗いてみてください。


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