3話 運動チル
ふう。
かつて全てを蹂躙した征服王が、こうも取り乱しては笑い者であろう。
そう、我の目的は義妹との青春である。
べつに
:エデンでのご自分の名をお決めください:
ふむ。
アナウンスに導かれるままに熟考する。
ここは今世の
いや、しかし我は前世の名、ロドリゲス・ヨジョシカ・カターンにもまた誇りを持っている。とはいえ、前世のような征服王になるつもりは毛頭ない。
むしろ親しい感じで、フランクに接してほしい。
そう、特に『
思えば数多くいた臣下の中で、我を愛称で呼ぶのはミカエルとルシファーぐらいであったな。
「ふむ、では前世の愛称である『ロリゲス』でゆこう」
:
:キャラクタークリエイトにつきましては……:
男性に変更できぬならよい。
さっさと我を義妹の元へ案内せよ。
:
:【創造の
「【剣闘市オールドナイン】でよい」
:かしこまりました:
:人類に残された最後の生存圏、【黄金領域】の発見と開拓を目指す
なかなかに不穏なアナウンスに胸躍る。
いや、無論ここでまた戦いに明け暮れるわけではない。ただ、義妹とのチルエモに胸を高鳴らせているのである。
だが、いざエデンの大地に
「ひぃぃぃぃぃぃ……助けてえええ!」
「やめろ、化け物め! ぎゃっ、死ぬううう!」
「ため込んだ仮想金貨が全部パアになるうううう」
楽園どころか、阿鼻叫喚の地獄絵図が広がっておるではないか。
様々な人間がゾンビに喰われておる。
あの方らもまた、
「ふむ……実に愉快な景色よ」
目の前には星が瞬く夜空に、どこまでも広がる色のない真っ白な大草原。
ねこじゃらしの如く、風にゆらゆらとなびくは
そして何より目を引くのは、ビルと同等の高さを誇る巨剣よ。
墓標のように点々と突き立つ巨剣が、静かに佇んでおるのだ。
「なんと雄大で、まこと美しく、残酷な世界よ……」
視界の隅には【白き千剣の
「てっきり領域魔法の類かと思えば、確かに存在しているな……時間の概念は、日本と違うのか? いや、時差もありえるな。しかし、どこか懐かしい空気よ……」
まさに五感の全てで味わえる『げえむ』、それこそがエデンであった。
このような娯楽があるとは、今世はまこと素晴らしい。
「やっほ、お兄」
ゾンビに喰われる
そちらを見れば、
「ゲームみたいな、
頭上には『
「花恋であるな? よく、我だとわかったな」
「だって、アプリで事前にフレンド登録してある」
「ああ、うむ。なるほど」
「お兄はロリゲスLv1……身分、【幼き不殺の魔王】? 聞いたことない身分。もしかして激レア身分、引き当てた?」
花恋は物凄く近づいてきて、我を頭からつま先までジッと見回してくる。
ふむ、この距離感、とてもよい。
思えば征服王の時は女性らに怖がられてばかりだったが、義妹のような可愛らしい少女にこうも絡まれるのはワクドキである。
「この、キャラ……お兄の好みに作った?」
「うむ? まあ、遠からず、近からずよな」
「………………ふうん」
しばらく無言で義妹に見つめられた。
そして不意に花恋は我の頭を————
「頭についてる角、なめらか」
「おひょぁっ!?!?」
義妹に我の角をなでられた途端。
全身に衝撃が走る。
天にも昇るようなくすぐったさと、快感が突き抜け……征服王である我は、久しぶりに恐怖した。
「や、やめひょっ! そ、それより……み、身分、身分なるシステムがこのげぇむには存在するのか」
「ん。見ての通り、死にゲー」
「ほう。くるしゅうないぞ」
「ん。気に入った?」
可愛く小首を傾げる義妹は、いつもの無表情をわずかに崩す。
その顔が、『息抜きできそ?』と問いかけるように。
だがな、
そして狂気に満ちたこの草原もまた!
趣深い!
「クッソがあああ、死ねえええ【
「たすけっ、誰かっ、キルされたくないいいッ」
白い草原を幽鬼のように歩くゾンビ。
それらに喰われる初心者
まるで人々が真っ白な黄泉の国へと引きずられていくように見える。
「悪くない。とはいえ疑問がちらほらと浮かぶのもまた事実」
「なに、お兄」
たしかここエデンで戦死しようとも、日本に戻るだけと聞いている。
まあ現実より痛覚がだいぶ鈍くなってるらしいが、痛いものは痛いので必死なのであろうか?
「どうしてみな……あれほど血眼に? これは遊戯なのであろう?」
「ん、死んだら、ここで稼いだ仮想金貨もパーだから?」
「ほう……
「それだけじゃない。金貨はエデンでの武器、アイテムの購入、Lvアップ、スキル習得、ぜんぶに必要」
それこそがゲームの真骨頂、全ては金貨次第であると。
ならばプレイヤーたちが熱中し本気になるのも頷ける。
力を求めるのは悪いことではなく、むしろ推奨できよう。
「なるほど……死ねばペナルティもあると」
「デスペナ、キャラのLv、半分以下になって転生する」
「……力の半分が失われる?」
「でも私、Lv12まで死んでない。すごい?」
「ああ、まこと天晴れよ」
我が褒めると、花恋はいつもの無表情とジト目で見返してくる。
「お兄、すぐ死にそう。過酷な世界。ほとんどは魔物たちが跋扈する滅びの地」
「ふむ。【黄金の女神リンネ】の加護を得た
ともあれ我にとってはどうでもよい。
この地で青春を謳歌できればよいのだから。
しかし死にげぇとあらば、義妹の前で無様な姿をさらすわけにもいかぬ。
ここは慎重に、慎重に、突き進もうぞ。
「よし。ではさっそく【剣闘市オールドナイン】を目指そうぞ」
「お兄、ビクビクしてる」
「断じて違うのだが!?」
「怖がるお兄も可愛い」
一回り以上も離れた義妹にそのように言われるとは……兄としてこそばゆい、というか恥ずかしい。
だが、そんな義妹とのやり取りも! 乾いた心が潤ってゆく!
なのでそういうことにしておこうではないか。
可愛い花恋の歩調は、我と違って淀みがない。
慣れているのであろうな。実に頼り甲斐のある義妹だ。
「お兄、背の高い草、危険。【
「なるほど……しっかりと攻略法もあるのだな」
たしかによく見ると、【亡者】にやられている
【亡者】は動きが速いわけではないし、むしろ人間より緩慢に見える。それでも、徘徊する【亡者】の攻撃に加えて、地面から飛び出す【亡者】に足や腰を掴まれれば、
「お兄、戦う? 仕事のストレス、ぶちまける?」
花恋は終始無表情だが、やはり我に息抜きをしてほしいようだ。
義妹の提案に頷き、背の低い草場にいる二体の【亡者】を指さす。
「一体は我が
そう我が宣言すれば、義妹は腰につけた袋からいくつかの石ころを手に取った。
「盤面展開————、一手、二手、黒石」
花恋が呟くと【亡者】を挟むように、二点の黒い柱がそそり立つ。
さらに義妹が石を投げつけると、【亡者】の四方に石柱が完成した。
「四方殲滅————【四手十字】」
石柱は瞬く間に【亡者】へと倒れ込み、闇へと葬り去った。
それは物理的に潰したのではなく、漆黒に呑み込むようなスキルであった。
「手持ちの黒石、二手だけでキル。上出来」
花恋は消えゆく【亡者】を眺めながら静かに頷く。
ふむ。見たところ、義妹のスキルは投げた石を媒介に発動する代物らしい。
そして本来、【四手十字】は四石ほど投じる必要があった。しかし【亡者】の周囲に落ちていた黒石二つを利用し、自身が消費する黒石を二つに節約したと。
なかなかに面白いわざよ。
「お兄、どうしたの?」
「あ、いや。次は我の番だな」
我は気分だけでも攻撃の威力を高めたく、全力で疾駆する。
ぐんぐんと【亡者】に近づけば、そのこそげ落ちた頬肉や、ボロボロの服など、禍々しいビジュアルが迫ってくるが、それよりも————
「なんだ、このっ……全力疾走、心地が良い……!」
頬を打つ夜気も、瞬く間に流れる景色も、爽快である。
そういえばいつ以来だろうか。
泰然と玉座に縛り続けられる日々は、いつしか我にとって牢獄となっていた。
サラリーマンとして仕事に追われ、家に帰宅するだけの毎日もまた苦痛であった。
こんな風に全速力で駆け抜けるなんて、もう何年もしていなかった。
我は一瞬で【亡者】との距離を縮め、そのまま右腕を大きく振りかぶった。
「
我の身長が小さきゆえ、拳は【亡者】の顎をとらえられず。しかし、【亡者】の腹部に打ち込んだ拳に確かな手ごたえを感じる。
その直感は正しく、グシャアアアっと肉がはじけ飛ぶ音とともに、【亡者】の上半身が吹き飛び爆散した。
「うむうむ、爽快であるな!」
「え……お兄、Lv1の筋力ステータスじゃない……」
義妹は無表情ながらも、驚いたように小さく口を開けていた。
しかし、我は【亡者】を倒した瞬間に流れたログを見て、妹以上にアングリと大口を開けてしまう。
:【身分/幼き不殺の魔王】は、スキル【青春】の効果で魔物を倒しても仮想金貨を入手できません:
:【ヒント】幼い魔王は
魔物を倒しても金貨がドロップしない……!?
せ、青春? それは願ってもないことだが……。
殺戮と蹂躙を冠する征服王の我が『不殺』!?
平和にせよと……?
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