2話 神託:ワールドアナウンス


 2032年の春。

 最初にそのアナウンスを目にしたのは日本の人々だった。


『違う誰かになりたい。人生をやりなおしたい、ですか』


 その声は唐突に、町中のスピーカーを介して響き渡ったそうだ。

 次に雨すら降っていないのに世界各地で虹が乱立し、あらゆるメディアが虹色に染まった。その瞬間から世界中の映像が乗っ取られ、カラフルな線が重なった人型のシルエットが映し出された。


『どこもかしこも転生、転生ですか』


 淡々と語る口調は神の啓示か、悪魔のささやきか。

 とにかく不気味で、不可思議なものだった。


『そんなに転生を望むなら……我ら、株式会社【Kaguya】が提供するゲーム・・・をどうぞお楽しみください』


 そんな告知と同時に突如として大地震が発生し、謎の新大陸が太平洋に出現。その大きさは南アメリカ大陸を超える巨大さで、人類に大きな波紋を呼んだ。

 各国の調査隊が赴くと、大陸周辺の海域は虹色の靄に包まれており、陸・海・空から何人たりとも侵入できない領域だと発覚。

 各国政府はこれを【虹の壁】と呼び、解明と侵入に挑んだ。そしてことごとく失敗に終わった。


『新大陸……いえ、新世界【エデン】は……苦しみや悲しみを抱く者にのみ開かれる新世界です。来世こそはと絶望に濡れた者にこそ、エデンの園らくえんに踏み入むにふさわしい』


『これは、何者かに転生できるゲームです。みなさんをさしずめ、【転生人プレイヤー】とでも呼びましょうか』


 そんな不可侵の大陸エデンは、一部の人間が自由に『転移』ログインできたり『帰還』ログアウトできるようになっていた。


『ゲーム内で死んでも何ら問題はありません。何度だって転生してください』


 しかも、エデンで死んだとしても現実に何ら問題なく戻ってこれる。

 まさにゲームのような現象だ。

 人々は半信半疑ながらも自らの行動でソレが事実だと証明していった。


 ゲームのスタート地点は大陸の中央付近に集中しているらしく、エデンの【転生人プレイヤー】たちはこぞって世界の果て……人類圏との境目である【虹の壁】を目指した。

 一体、そこでは何が起きているのかと。


 それから半年後、エデン内の攻略は遅々として進まずにいた。

 なぜなら、その難易度が既存のゲームと比べてかなり高かったのもあるし、そもそもほとんどの人々がエデンを恐怖していたからだ。

転生人プレイヤー】の人口は極々少数。


 そんな状況に業を煮やしたのかは知らないが、再び神の啓示が全世界に轟く日がきた。


『アップデートの告知です』

『ゲーム内で稼いだ【仮想金貨】電子マネーを使えば、あらゆる物が買えるようになりました』


 全く以って意味不明だったが、現在もそれは確かに成立していた。

 不思議とエデンで稼いだ金貨は、円に換金できる。

 これには『どこかの大企業が協賛している』、もしくは『政府の裏組織が地球外生命体の技術を用いて運営している』など、様々な憶測が都市伝説のように囁かれている。


 そもそも地球膨張説や、地震などの地殻変動によって、新大陸の浮上なんてのは何年も前に予言されていた。

 株式会社【Kaguya】を名乗る組織はこれらを事前に予測し、世界のメディアをハックする準備して、ダイナミックかつドラマチックに演出しただけに過ぎないとの意見もある。



『さらなるアップデートの告知です』

『【幻想の保管庫アイテムボックス】を実装しました。ゲーム内で手にした物を、現実に持ち帰れるようになりました。レアな【幻想の保管庫アイテムボックス】もありますので探してみてください』


 この告知から、いよいよ【転生人プレイヤー】は爆増した。

 このアイテムボックスは基本的に、楽園エデンで手にした物を一つしか持ち帰れない仕様だった。しかし中には10や20も持ち帰れる優れものもあり、未知の素材は高値で取引きされるようになった。


 もちろんゴミ同然の物もごまんとあったが、エデンの素材ファンタジーと科学が融合した商品が開発されるようになれば、空前の新大陸バブルが巻き起こった。


『このゲームは際限なく欲望が生まれるでしょう。ゲームを極めれば、莫大な富を築き、無限の可能性にだって遭遇します』


 とにもかくにも世界が沸いた。

 人々はこのエデンに夢見て、自らの寿命時間を賭け、【仮想金貨】稼ぎに邁進するのだった。

 現実に絶望し、生きながら死んでる人々亡者にとって、来世つぎこそはと希望を抱ける楽園……なのかもしれない。



 ただ、気象庁によれば————

【虹の壁】の範囲が、少しずつ広がっているとの報告もあった。






 ふう、我はきっと夢を見ているに違いない。


「征服王である我が、幼女になるなどと面白き夢ではないか」


 闘病の疲れもあって、そんな現実逃避をしながらベッドにダイブすれば、意識はすぐまどろみの中へと落ちていった。


 そして翌朝。

 目覚まし時計に起こされ、いつも通りの朝食を作って食べる。

 シャコシャコと歯を磨く。

 いざ、スーツに着替えて久方ぶりの出社よな。



「……うむ、だぼだぼすぎて着れたものではない」


 身長203cmだった我が……今や130cm代のロリ巨乳だと……。

 

「あぁ、夢ではなかったか」


 さて、現実逃避はやめねばならぬ。

 どこからどう見ても巨乳幼女になってしまった我。

 これからどうすればいいのかと悩み、動揺し、そして何とか落ち着こうとする。


 まずは出社する予定であった会社に連絡を入れなければな。

 ふむ、部長とやらにスマホで連絡ぞ。


『あぁ、部長。早朝から連絡などとすまぬな』

『どうしたんだね、河合かわいくん? なんだその声は。河合くんなのかね?』


『ふむ。我も混乱しているが、どうやら我が魔力に耐えうる身体を作る際、どうにも不具合が起きてな。女児になったようだ……』

『ふざけているのかな? 今日はエイプリルフールかね?』


『いや、女の子の日のようだな、うむ……』

『は?』


『う、うむ……端的に申せば女体化であるな……?』

『……ふざけているのかなお嬢さん。河合くんに変わりたまえ。それとも河合くんをクビにしたいのかね?』


 ふむ。

 落ち着いていたつもりだが、やはり動揺していたようだ。

 征服王としてあってはならない失態よ。


 ここは一度、深く呼吸を吸って吐く。


 思い出せ、乱戦の最中で我が軍の将軍が討たれた時の衝撃を。

 思い出せ、絶体絶命の劣勢を覆すべく、とっさの判断を下した激情を。


 世を平定したいと願った日々を。

 全ては我が意思が、欲望が成した偉業の数々を。


 今一度、我は熟考する。








『なぜ、この我が……したくもない労働に従事せねばならぬのだ?』



『……は? お、お嬢ちゃん。いい加減にしないと、本当に河合くんを————』


『沈黙を許す』


『なっ……?』


 河合真央の記憶によれば労働とは、生きるための糧を稼ぐもの。

 ふ、む……?

 こんなにも平和な世であれば、日銭を稼ぐ方法など無限にあるというのに……なぜ我はしがみついていた?


 それこそ乱世では、命を賭けねば明日をも知れぬ日々だった。だがこの日本とやらは実に恵まれているではないか。


 最悪、コンビニの廃棄物が捨てられる時間帯を狙って食物は調達すればよい。また、近くの野山に赴けば、食せるものなどたくさんあろうに。


 ならば、即断即決。

 会社を辞めよう。我は青春がしたい。

 征服王だった我は存分に責務を果たしたのだ。転生後も縛られるなどと、ご免被りたい。


『部長よ、我をクビにしょせ。我は青春を望むのでな』


『えっ、は? ふ・ざ・け・て・い・る・の・か・ね!? いい加減、河合君を出したまえ!』


『ふっ。部長よ、これは面白きことを申すでないか。我は征服王であり、そして河合真央でもあるのだ』


『……き、きみは! 河合くんの立場をわかって、ふざけたおしているのかね!? 河合くんはすでに4週間も有休を消化しているんだぞ!? いくら難病が再発したとはいえ、同じ部署の者がどれほど迷惑を被っているのか理解しているのかね!? 久しぶりの出社と聞けば、当日の朝からこんなふざけた連絡を寄越すなど、社会人にあるまじき事態だ!』






『ふっ、許せ』


『……!?』


『嫌なものは嫌なのだ。不愉快はことごとく蹂躙し、排除するのが我の信念でな』


『……と、とにかくう!? 河合くんがッ、親戚の少女か何かを使って! 社にイタズラ電話したのはッ! 人事部に報告させてもらうからな!』


 それから部長とやらは細かい退社の手続きを説明せず、一方的に電話を切ってしまった。

 ふむ。まあこれで我のしこりを一つ除去できたので問題ない。

 

 それよりもまずはこの変わり果てた身体と、青春であるな。

 やはりやり直しは効かぬようで、この見目麗しい幼女の姿で生きてゆかねばならぬか。

 まあいずれは解決策も見つかろう。


 となると次は青春だな。

 いかようにキラキラを体験し、そして存分に味わうべきか。

 そんな折、我のスマホに通知が届く。


『お兄、おはよ。生きてる?』


 我が愛しい義妹からのメッセージに、さっそく癒されてしまったではないか。

 今年で14歳になる義妹は、幼いながらも愛に溢れた人格者である。


 ニヤけそうな口元を引き結ぶ。そしてスマホへ、丁寧に一つ一つの指を落として気持ちを伝える。



『夜霧の中を歩くがごとく、一寸先すら見えぬ我が未来であるが、眩き月光が我を照らしてくれよう』


 花恋かこいの特徴的な銀髪を『月光』と表現したが、いかがであろうか。

 我ながら、中々によいふみをしたためたと思う。


『……お兄、頭がおかしい。チルする?』

『チルとな?』


『エモい、リラックス、ゆったり』

『チル……キラキラの青春であるか!』


『うん、まあ、そんなとこ』

『して、どのようにいたす? そのチルとやらは……』


『いい場所、知ってる。いこ?』

『うむうむ、花恋かこいの申すところであれば、我は地獄の果てでも参ろうぞ』


『じゃあ、エデンで』

『エデン…? む、噂の新大陸であるか』


『うん。ゲームみたいなとこ』

『げぇむ、とな……? 遊び、ふむ』


『お兄、別の誰かになりたいって思ったこと、ない?』


 我は今まさに!

 おとこになりたいと思っていたところであった!


 それから花恋に軽く説明を受け、我はチルする準備に至る。

 言われた通り『別の誰かになりたい』と強く念じれば、我が手元のスマホには珍妙なメッセージが届いた。



:【転生人プレイヤー】の資格を得ました:

:【転移ログイン】しますか?:


『お兄、エデンアプリから通知きた?』

『うむ』


 昨今、判明した事実では『他の誰かになりたい』と強く願えば、エデンに行けるようになるそうだ。

 その情報が解禁されてからというもの、【転生人プレイヤー】なる人々は続出しているのだとか。


 これは……転移魔法と転生魔法を複合させたようなものか?

 そしてスマホを媒体に、伝達魔法も複雑に編まれておるようだな。

 こんな芸当ができる者など、我の臣下でも数名しかおらぬぞ。


 それこそ敵軍に楽園への招待とうそぶき、見事な大転移魔法で労働力を確保した『天翼の公爵ミカエル』しかり。

 死後の新たな生を約束すると契約し、転生魔法で魂や生き方そのものを縛り、己が軍団として鍛えた『堕天の公爵ルシファー』しかり。


 奴らが扱う魔法と同じようなモノを目にするとは面白い。

 いや、そもそも河合真央かわいまおの記憶によると、この地球には魔法そのものが存在しなかったはずだが……。


『あそぼ?』

『う、うむ!』


 今は小難しいことを考えている場合ではない。

 なにせ、義妹が我と遊びたがっておるのだからな!


 思えば苦しい闘病生活の間、どれほど幼い花恋かこいの言葉に励まされたことか。

『病気、治ったら、お兄といっぱい遊ぶ』なんて言うものだから、それを叶えたくて病に抗えたというもの。


 そこで我は改めて気付く。

 闘病生活を乗り越えた後、社会復帰や就活などに追われ……碌に義妹と遊べていないではないか!

 なんたる不覚!


『お兄。初期の街は【剣闘市けんとうしオールドナイン】に設定して。私と同じエリア』

『承知した』


 そして我は今、転生を望む身である。

 取り返しのつかないこの肉体も、げえむとやらの世界では!

 勇猛な漢となりて、義妹とのチルチルな青春を楽しめるであろう!


 いざ! 出陣なり!

 烈火の如くスマホをタップし、【転移ログイン】すれば————我は一面が虹色に染まった空間に放り出された。

 


「これまた面妖な……」


:【転生オンライン:エデン】へようこそ:

:あなたは、身分【幼き不殺の魔王】を引き当てました:


 ほ、う……?

 花恋かこいの話では、ここがキャラクタークリエイト画面なるものらしい。

 うむ?

 自動でおおよそのキャラクリが仕上がっている、だと……?


 我の目の前には鏡が出現し、そこに映ったのは紅玉色の瞳が印象的な銀髪の美幼女であった。

 身長は135cmあるかないかの幼さで、そのくせ出るところは出ていたロリ巨乳である。

 

「現実の我と、同じ容姿ではないか……ふ、む? ならばここから性別をいじくれ……ない!?」


:【身分】に応じてキャラクターデザインに制限があります:

:ゲーム内の性別を、現実と違うものに変更できません:


 ど・う・し・て!

 どうして我はげえむでも! 幼き女子おなごなのだ!?



「これがいわゆるクソげぇってやつなのだな!?」



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