第12話第6巻 前魂〜始魂 ― 魂が生命に宿る前の歴史 第3節 魂は最初、生命に宿るものではなかった

世界がまだ、生きるという仕組みを持たなかった頃、それでも世界は、散らばることだけは避けようとしていた。


星は燃え、流れは起こり、形は生まれては壊れ、壊れては生まれた。だが、それらは皆、戻る場所を持たなかった。


そのとき、世界はひとつの点を要した。それは支配の点ではなく、記録の点でもなく、裁きの座でもなかった。


ただ、還るための一点である。


これを、後に「魂」と呼ぶ。


魂は、最初から誰かに宿るために在ったのではない。魂は、生きるために生まれたのではなく、失われきらないために立ち上がった。


魂が最初に持ったものは、命でも、姿でも、名前でもない。


それは四つの性質であった。


ひとつ、持続。消えないという意志ですらない、ただ消えきらないという連なり。


ひとつ、記憶。思い出ではない。戻るための痕跡。


ひとつ、中心。始まりではなく、終わりでもない。離れても、必ず向きが定まる一点。


ひとつ、求心。散逸を否定する力ではなく、散らばりきらせない傾き。


この四つが揃ったとき、魂は成立した。


だが、その魂には、宿るべき身体がなかった。


なぜなら、当時の生命は、魂を抱くには 粗すぎた からである。


生命は速すぎ、壊れやすく、記憶を保持できなかった。


魂を迎え入れれば、魂核はすぐに削れ、還る一点は焦げてしまった。


また、生命は 狭すぎた。魂は界を跨ぎ、時間を越え、響きとして広がる性質を持つ。


ひとつの肉体に閉じ込める理由が、まだ世界には無かった。


そして何より、生命は 危険すぎた。


捕食、死、断絶、消耗。それらは魂にとって学びではなく、ただ破壊であった。


ゆえに魂は、宿らなかった。


魂は、生命の外側に留まった。


空の縁に、世界の裏側に、語られぬ中心として。


魂は生きず、だが消えもせず、ただ 還るという構造そのもの として在り続けた。


この時代、魂は人格ではない。意識でもない。善でも悪でもない。


魂は、世界が世界であり続けるための折り返し点そのものであった。


やがて、世界は変わる。


生命が、壊れにくさを覚え、循環を獲得し、時間を直線として保持し始めたとき。


器が、魂を焼かず、魂を閉じず、魂を返せる構造を持ったとき。


そのとき初めて、「宿り」 という技法が生まれる。


魂が降りたのではない。生命が、魂を迎えられる場所へと育ったのである。


これが、後に命魂 と呼ばれる段への入口となる。


ここで、ひとつの禁則を記しておく。


魂は、生命より古い。だが、それは 魂が高い という意味ではない。生命が低い、という意味でもない。


起源が異なる、というだけである。


魂は還る点から始まり、生命は循環から始まった。


この二つが交わることで、人は生まれる。


だが交わらぬ魂もあり、生命に宿らぬ魂もあり、また、魂とは異なる系譜の存在もある。


それらを混ぜぬこと。それらを裁かぬこと。それらを独占せぬこと。


――これが、今生の戒めである。


魂は最初、生命に宿るものではなかった。魂は、世界が散らばりきらぬために、先に立てられた 帰還の標 であった。


そして人とは、その標を、一時的に胸に抱くことを許された存在である。

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