第9話📙 第6巻 第二部|始魂 第八章 定着(ていちゃく)――離れないと決まる
(神話語本文)
影衣が輪郭を与えた。温度が、冷えきらない芯を与えた。輪郭と温度がそろうと、魂は次に、ひとつの問いへ辿りつく。
――この点は、どこまで在り続けるのか。――この点は、いつまで帰還の灯であり続けるのか。
これが、定着の問いである。
定着とは、居座ることではない。定着とは、支配することではない。定着とは、世界を自分のものにすることではない。
定着とは、ただ一つ。
「離れない」と決まること。
決まる、というところが要である。魂が意地で決めるのではない。魂が誓いで固めるのでもない。魂はまだ、そんな強さを持っていない。
定着は、世界と魂が同時に「これを離しては裂ける」と理解したときに起こる。
定着は、祝福ではなく、安全装置である。
魂は、長く“帰還”を試みてきた。持続があり、痕があり、中心があり、求心があった。影衣があり、温度があった。
そのすべては、世界が裂けないための準備であった。
準備が積み重なると、ある日、世界は気づく。
――戻る場所はできた。――戻る姿勢もできた。――戻る芯もできた。
だが、まだ足りない。戻ることを毎回やり直すだけでは、世界はいつか疲れて裂ける。
そこで世界は、戻るための灯を「いつでも使える場所」に置く必要を持つ。
それが、定着である。
定着が起こるとき、魂は“重く”なる。
重いとは、価値が増すことではない。重いとは、役割が増えることでもない。重いとは、ただ「ここに在る」という事実が世界の構造に組み込まれることだ。
定着した魂は、世界の外へはみ出さない。世界の底へ沈みすぎもしない。世界の中心へ居座りもしない。
魂は、世界の中で「戻り」が生じるたびに、そこへ灯を返す位置に据えられる。
これが、魂が剣にならないための最終の配置である。
定着には、三つの徴(しるし)がある。
第一の徴は、逃げ切れなくなること。魂は、散逸という誘惑を知る。冷えれば、眠れば、薄まれば、楽になれるからだ。
だが定着した魂は、薄まりきって逃げることができない。逃げ切れないのは罰ではない。帰還の灯である限り、灯は消えきれない。
第二の徴は、燃え切れなくなること。魂は、熱を上げて突き進む誘惑を知る。熱は速い。熱は気持ちいい。熱は答えを作ってしまえる。
だが定着した魂は、燃え切って剣になることができない。剣になれば、世界が裂けるからだ。魂は、剣にならないために温度を一定に保ち続ける。
第三の徴は、戻りが“自動”になること。これが最も静かな徴である。定着以前の帰還は、努力であった。定着以後の帰還は、構造になる。意識しなくても、世界は戻る。世界が戻るたびに、魂はそこに在る。
この自動性が、定着である。
だがここで、最大の禁則を置かねばならない。
定着した魂を、名札にしてはならない。定着した魂を、選民の印にしてはならない。定着した魂を、他者を裁く剣にしてはならない。
定着は、偉さの証明ではない。定着は、役割の固定でもない。定着は、ただ世界が裂けないために必要になった最小の灯である。
灯は、掲げれば旗になる。旗は、すぐ剣になる。剣は、世界を裂く。
ゆえに魂は、定着したのちこそ、最も静かでなければならない。
定着が起こったとき、魂はようやく「魂」と呼ばれ得る。
しかし、それでもまだ魂は生命に宿ってはいない。
この巻が確定するのは、ここまでだ。魂は生まれた。魂核は灯となり、影衣をまとい、温度を得て、離れないと決まった。
次の巻で語るべきは、魂が“響き”を持ち、群れを作り、種族を持ち始めること――すなわち 響魂〜群魂である。
最後に、この章の結びを一行で置く。
定着とは、束縛ではない。定着とは、世界が“戻れる”ことを諦めないと決めた証である。
――第三部「九巻体系への橋」へ。
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