第8話📙 第6巻 第二部|始魂 第七章 温度(おんど)――手放さない熱
(神話語本文)
影衣が魂核に輪郭を与えた。輪郭は、剣にならないための布であった。だが布は、布のままでは灯にならない。灯になるには、芯が要る。芯が芯であるには、熱が要る。
魂の熱は、燃焼ではない。魂の熱は、発火ではない。魂の熱は、世界を焦がす火芽の熱ではない。
魂の熱とは、冷えきらないという性質である。
世界は、消えきることを許す。散りきることを許す。薄まりきることも許す。それが世界のごまかしであり、世界の延命でもある。
しかし魂は、ある一点だけを許さない。
「ここは冷えてはならない」
この“許さなさ”が、温度である。
温度とは、意志ではない。温度とは、欲望ではない。温度とは、「私はこうしたい」という宣言ではない。
温度とは、手放さないという姿勢である。
求心が「裂けない形へ傾く癖」だったなら、温度は「裂けない形を、離さない癖」である。
傾きは、まだ世界の側にある。だが離さなさは、世界の内部に「点」ができた証である。
温度が生まれると、魂核は単なる帰還点の原型ではなく、帰還点の芯になる。
芯とは、燃えるための芯ではない。戻るための芯である。
温度は、二つの面を持つ。
一つは、保温。魂は、冷えやすい。なぜなら魂は、まだ小さく、薄く、未決だからだ。世界の散逸に触れれば、すぐ冷える。世界の恐れに触れれば、すぐ固まる。
だから魂は、自分の中に最小の保温を持つ。
保温は、守りである。だが守りは、閉じることではない。保温とは、「外へ出ても消えない温度」を持つことだ。
もう一つは、耐熱。魂は、温めすぎると壊れる。熱が過ぎれば、魂は剣になりたがる。魂が剣になりたがるとき、魂は誰かを測り、誰かを裁き、やがて世界を裂く。
だから魂は、熱を上げるのではなく、熱を一定に保つ。
魂の温度は、激情ではない。魂の温度は、一定である。一定であるがゆえに、持続できる。
ここに、魂の成熟の芽がある。
温度が生まれると、魂は初めて「待てる」ようになる。
待てるとは、動かないことではない。待てるとは、「今すぐ結論にしない」という力である。待てるとは、「まだ決めない」という力である。
温度があるから、魂は未決を抱えられる。影衣が未決を包んだなら、温度は未決を抱いて冷やさない。
世界が早く決めたがる時、魂は温度で抗う。世界が早く名札をつけたがる時、魂は温度で抗う。世界が早く剣を握りたがる時、魂は温度で抗う。
魂の温度は、世界の暴走を止めるための最初のブレーキである。
だが、温度はまだ「宿り」ではない。温度はまだ「定着」ではない。
温度は、離れないと決める前の、離れない癖である。
癖が積み重なると、癖は規則になる。規則が積み重なると、規則は契約になる。
魂が「離れない」と契約する時、魂は定着する。
定着とは、支配ではない。定着とは、固着でもない。定着とは、「帰る」を、もう一度世界に手渡すことである。
温度は、その契約の予熱である。
最後に、この章の結びを一行で置く。
温度とは、燃える力ではない。温度とは、冷えきらずに“帰還”を残す力である。
――次章「第八章 定着(ていちゃく)――離れないと決まる」へ。
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