第5話📙 第6巻 第一部|前魂 第四章 求心(きゅうしん)――散らばりを裂けさせない傾き
(神話語本文)
中心が生まれた。 それは王座ではない。 それは支配の一点ではない。 ただ、戻れる場所の原型である。
だが、中心があるだけでは足りない。 戻れる一点があっても、 そこへ戻る“力”がなければ、 散らばりは散らばりきってしまう。
そこで世界は、もう一つの性質を必要とする。 それが 求心(きゅうしん) である。
求心とは、引き寄せではない。 求心とは、支配でもない。 求心とは、集めて閉じるための力ではない。
求心とは―― 裂けない形へ、わずかに傾き続ける癖である。
癖とは、意志より前にある。 癖とは、思想より前にある。 癖とは、世界が壊れないために選び続けた 最小の姿勢である。
世界は叫ばない。 世界は命令しない。 世界はただ、壊れない方へ寄る。
その寄りが、求心である。
求心には、二つの仕事がある。
一つは、散り方を制限すること。 散ること自体を止めるのではない。 散るものが散りすぎて、互いを見失い、 縁が切れて戻れなくなる前に、 散り方の“範囲”を決める。
もう一つは、裂け目を遅らせること。 裂け目を消すのではない。 裂け目は、世界の矛盾の入口でもある。 消せば、世界は静かに閉じる。 だから求心は、裂け目を消さず、 ただ 裂け切る速度を落とす。
求心は、裁きではない。 求心は、罰でもない。 求心は、保存の技術である。
この時代、世界はまだ「物語」を持たない。 だが、求心が働きはじめると、 世界の中に“筋”が生まれる。
筋とは、運命ではない。 筋とは、一本の真理ではない。 筋とは、世界が散らばりながらも 散らばりきらないために選んだ 最小の偏りである。
偏りが生まれると、 世界の形が少しだけ固定される。 固定されると、痕が濃くなる。 痕が濃くなると、中心が強くなる。 中心が強くなると、求心はさらに安定する。
こうして世界は、 自分の内側に 「裂けない循環」をつくり始める。
だが、ここで誤解してはならない。
求心は、収束ではない。 求心は、完成へ向かう力ではない。 求心が強すぎると、世界は閉じる。 求心が弱すぎると、世界は裂ける。
求心とは、 閉じる一歩手前で止まるための、 微細なバランスである。
この微細さこそが、 後に「魂核」を必要とする。
なぜなら、 求心だけでは“戻る”はできても、 “誰が戻るか”を決められないからだ。
求心は、世界の姿勢であり、 識別点ではない。 求心は、方向であり、 名ではない。
ゆえに次に必要なのは、 帰還の姿勢ではなく、 帰還の印である。
それが、第二部で語る 魂核(こんかく)である。
この章の末尾に、 求心が持つ危うさを一行で置く。
求心は、裂けないための傾きである。 だが傾きは、強めれば剛律となり、世界を折る。
だから世界は、求心を誇らない。 求心を掲げない。 求心を教義にしない。
世界は、ただ微かに傾く。 裂けないために。 次の段で、魂が灯るために。
――第二部「始魂」へ。 次章「第五章 魂核(こんかく)――『私』の前の核」をお綴りします。
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