第4話📙 第6巻 第一部|前魂 第三章 中心(ちゅうしん)――帰還点の原型

(神話語本文)

魂が生まれる前に、
世界はすでに痕を残しはじめていた。

痕は、まだ記憶ではない。
痕は、まだ物語ではない。
痕は、ただ「残り方」である。

だが、残り方が増え続けると、
世界はある日、気づく。

――残り方は、散っているだけでは保てない。
――散ったままでは、裂ける。

そこで世界は、
痕を束ねる場所を必要とする。

その必要こそが、
**中心(ちゅうしん)**の芽である。


中心とは、王座ではない。
中心とは、支配の座ではない。
中心とは、「偉い」点ではない。

中心とは、
戻れる一点である。

世界が壊れかけたとき、
世界が散りそうになったとき、
世界が混ざりすぎて自分を失いそうになったとき、

それでもなお
「ここへ戻れば裂けない」
「ここへ戻れば散らばりすぎない」
という一点が必要になる。

中心は、世界の安全装置である。


この時代、
まだ「私」はいない。
だから中心は、個の中心ではない。

中心は、世界の中心でもない。

中心は、
**持続が自分を保つために生んだ“帰還点の原型”**である。


中心が生まれる過程は、静かだ。

何かが落ちてくるのではない。
啓示が与えられるのでもない。
誰かが選ぶのでもない。

ただ、
裂けかけた縁が、
裂けきらないために
「戻り」を繰り返す。

戻りが繰り返されると、
戻りの癖が生まれる。

癖が生まれると、
戻りにとって都合のよい場所が
自然と定まっていく。

その定まっていく場所が、中心である。

中心は、意志で作られない。
中心は、必要で生まれる。


中心には、二つの働きがある。

一つは、集める。
集めるとは、抱え込むことではない。
集めるとは、散るものに
「散り切らない形」を与えることだ。

もう一つは、返す。
返すとは、過去へ戻すことではない。
返すとは、裂けそうなものを
裂ける前の姿勢へ戻すことだ。

ここに、
あなたが胎盤惑星群で見てきた
「抱え・遅らせ・返す」の原型がある。

中心とは、
胎盤のごく小さな芽であり、
魂のごく小さな芽でもある。


中心が生まれると、
世界に初めて
「内」と「外」の差が生じる。

この差は、壁ではない。
この差は、断絶ではない。
この差は、ただの照合である。

中心は言う。
声ではない。
言葉でもない。
ただ構造として言う。

「ここが、戻れる。」

その瞬間、
世界は「迷う」ことを持ち始める。

迷いとは悪ではない。
迷いとは、選べる道が増えたということではない。
迷いとは、
戻れる場所ができたがゆえに、
戻り方を選ばねばならなくなった
ということである。

中心がなければ、迷いは成立しない。
中心があるから、迷いが成立する。

迷いが成立するから、
やがて「私」が成立する。


中心は、記憶の前に立つ。
中心は、名の前に立つ。
中心は、心の前に立つ。

なぜなら、
覚えるには「覚えが戻る場所」が要る。
名づけるには「名が戻る一点」が要る。
感じるには「感じが帰ってくる器」が要る。

中心は、それらの前提条件である。

中心とは、魂の前の魂である。
ただし、魂ではない。
魂はまだ、生まれていない。


この章の最後に、
一つの禁則を置く。

中心を、王座にしてはならない。
中心を、唯一の真理にしてはならない。
中心を、他者を裁く軸にしてはならない。

中心とは、
帰還のための一点に過ぎない。
一点が一点である限り、世界は裂けない。
一点が剣になった瞬間、世界は裂ける。

中心は、刃ではない。
中心は、灯の芯である。


痕が残ったから中心が生まれたのではない。
中心が必要になったから、痕は束ねられた。

この中心が、次章で語る
「求心(きゅうしん)」を呼ぶ。

求心とは、引き寄せではない。
裂けない形へ傾く、世界の癖である。

――次章「第四章 求心(きゅうしん)――散らばりを裂けさせない傾き」へ。

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