第7話 進化の理由、太地の期待

 翌日、砂糖入りの甘いラーメンとネタと同じ量のわさびが入ったお寿司を食べさせられた太地は、その後何度もトイレに籠る羽目になった。その姿をエジソンはにゃあにゃあ笑いながら見ていたのだった。


 その数日後の晩、太地が真面目な顔で朝香に話しかける。明日休日の朝香は白ワインを開けて美味しそうに飲んている。太地は下戸なので飲めない。

「朝香、俺は進化の真実について遂に発見したんだ」

「へ、何を? しんか?」

「そう。一番最初の生命は火山のそばの海の中で、アミノ酸やらタンパク質が煮えている中で偶然産まれたらしいんだけど、生命の定義って知ってる?」

「うーん、子孫を残すとか?」

「そう、自己複製と、進化すること。でさ、最初はアメーバみたいなもので、うにょうにょ動いてるだけだった。でも、ある時から捕食するようになるの。それに必要なのは何だと思う?」

「うーん、わかんない」

「眼だよ。生命は眼を手に入れたことによって、飛躍的に移動能力、行動範囲が広がった。でもね、不思議だよね。どうやって生命は眼という複雑なメカニズムを持つ器官を手に入れたんだろう?」

「えー、あんたの好きな考え方なら、宇宙人に改造されたとか?」

「違うね。意志だよ。生命体は「見たい」と思ったんだ。意志が器官を創り出したんだね」

「ほえー。それはなかなか独自理論っぽいね、珍しく」

「だろう。そして、この理論に基づくとだね、俺の背中にも羽根が生えてくるはずなんだ」

「はね」

「そう。それにね、宗教画なんか見たらさ、天使いるじゃん、あいつら、背中に羽根生えてるでしょ」

「生えてるね」

「ということは、昔は実は羽根の生えた人っていたんじゃないのかな、本当に。いつの間にか絶滅したっていう」

「それは分らないけど、実際世界には羽根で飛んでる鳥とかちょうちょとかいるもんね。原理的には不可能じゃないんだろうね、人間が羽根で空を飛ぶのも」

「そう、そして俺は背中に羽を生やして見せる」

「どうやって?」

「思うんだよ。意志が必要なんだ。思っていれば生えてくる、楽しみに待っててくれ」

「ろくろ首より首を長くして待ってるわ。さ、テレビ見よ」朝香は内心、尻尾ぐらいなら生えてくるかもね、と思った。

 ということで太地は来る日も来る日も羽根よ生えてこい、と思い続けた。なんならたまに神頼みもした。そして、およそ一ヶ月ほど経った。もちろん何の変化も起きなかった。朝香は聞いてみた。

「どう? 羽根は生えてきた?」

「うん、生えてこない。思うに、進化には時間がかかるんだ。ひたすら思い続けて数百年ぐらいかかると思う」

「じゃあダメじゃん」

「いや、要は受け継ぐのが大事なんだ。僕らの子ども、孫、ひ孫、ひいひい孫、そしてさらに十代ぐらい続けば……」

「その頃にはタケコプターみたいなのが発明されてるんじゃないの。大体さ、今でも飛行機とかヘリコプターとかで空飛べてるんだから問題ないんじゃないの?」と言うと、太地はあんぐりと口を開けて、そういえばそうだった、と実に間抜けな返事をした。朝香は膝でごろごろ言っているエジソンの頭を撫でながら、科学の力は偉大よね、とそっと呟いた。

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