第6話 幽霊の正体見たり秋の夜
結局美作家はオスの三毛猫にエジソンと名付けて飼うことになった。エジソンは太地が敬愛する発明家からそのままとったものだ。朝香は自分がお世話する羽目になることを覚悟していたが、全くそんな事はなく、うんちの始末や食事の準備、入浴など全部こなすので、
「どうしたの? 夢で神様の予言でも聞いたの?」と茶化して聞くと、いや、この世界でちょっとでもいい事しようと思って、と殊勝な事を言う。ふーん、なんか変わったわね、と朝香は感心していたが、三つ子の魂百までも、そう簡単に人間性までは変わらない。ある夜、朝香がテレビを見てひゃあきゃあ笑っていると、太地が真剣な顔でやってくる。
「今度の日曜、幽霊を撮影に行こう」
と真顔で言ってくる。朝香は生ごみを見る目で
「一人で行ってこい」と突き放す。すると、そんな、一人じゃ怖いから一緒に来て、すぐ近くの廃旅館だから、出るらしいんだよ、と泣きそうになりながら縋ってくるので、馬鹿らしいと思いながらも、それはそれで、探検なんかはちょっとは楽しいかもね、という理由で承諾した。
週末の夜、美作夫婦はプリウスに乗って目的地の山奥の廃旅館に到着した。何軒かの寂れた営業していない古い旅館が並んでいて、見ただけで怖い。
「雰囲気あるね」と朝香が話しかけても返事がない。見ると、太地の顔は真っ青である。なんでこの人は怖がりの癖に肝試し的な事をしたがるんだろ、と思った。
「ここは出るんだよ。見たいんだよ、怖いけど、本当にこの世界に幽霊ってのが存在するのかを」
「ちなみに、いわゆる霊感ってのはあるの?」
「ないと思う。今まで一回も見た事ない」
「じゃあ駄目じゃないの?」
「ここは別格なんだ。本当に多くの動画で白い女性の姿が写されてる」
「動画で見たならもういいじゃん」
「違うんだ、この目で見たいんだ」と、大きな懐中電灯のスイッチを入れる。
「私の分は?」
「ないよ」
この男、明日の食事の全てで塩と砂糖を間違えて作ってやる、と朝香が決意を固めていると、一軒の旅館の扉を開けて中に入っていく。コオロギの声が優しく聞こえてくる中、二人は廃旅館の中へ入っていく。中は荒れ放題で、足元には電話機やら割れたお皿やら雑誌などが散乱している。なんでこういうの片づけないで放置なんだろ、と朝香が冷静に考えていると、太地が悲鳴を上げる。
「きゃっ、ネズミだ!」
足元を何かがざさっと通り抜ける。あーキモいウザイ、と朝香は思いながら太地の背中を押す。
「二階なんでしょ、幽霊が出るのは」
「あ、きみ、先行かない?」
「行かない」
太地はうなだれたが、覚悟を決めて階段を上がっていく。せめてお昼に来ればいいのに、昼は出ないらしく、こうして真っ暗闇の中を歩く羽目になる、と朝香は内心思った。二階にある幾つかの部屋を回ってみたが、単に薄汚い部屋なだけで何もないし、幽霊も出てこない。
「おかしいな。出るはずなんだけどな」
二周した時点で、太地は首を傾げて立ち止まる。朝香は、もう帰ろうよ、と声をかけようとした。その時、廊下の一番奥の部屋から、何か白いものが出てくるのが見えた。「あれ! うしろ!」と朝香が声をあげた。太地が振り返ってみるが、何も見えない。
「どした? 何がある?」と焦って目を凝らすが、太地の目には暗い廊下しか写らない。朝香は悲鳴を上げて階段へ向かって走り出した太地も慌てて後を追う。朝香は暗い中を勘だけで玄関へ辿り着いた。遅れて太地も出てくる。
「あんた見えなかったの! 白い服着た女の人! 逃げるよ!」と朝香は太地の手を引っ張って車まで走った。
助手席に座って、朝香は息をつく。まだ不安だ。
「早く出発してよ」
「わ、わかった」太地がプリウスを発進させる。朝香はしきりに後ろを見る。ホラー番組ではこういう時後部座席に乗ってくることが多いからだ。しかし、幸い何もいない。
「もう二度と肝試しなんか行かないから」
「まさか朝香だけに見えちゃうとはなぁ。俺も見たかったな」と太地は残念そうに言った。朝香は、もうこりごり、という風に首を振った。この馬鹿には明日ネタと同量のワサビが入った寿司を食わせてやる、と密かに決意していた。
──その頃、先ほどの廃旅館の二階で、一枚の白いレースのカーテンが風に吹かれて舞っていた。
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