第5話 世界も太地も仮想現実

 このところ太地は元気がない。いつも無駄にエネルギーが溢れている感じなのだが、最近はなんだか暗い。朝香は気にせずにいたが、食欲すらも減退していて、大好きなマグロのお刺身にすらろくに手を付けない様子を見て、声をかけてみた。

「あなた最近元気ないんじゃない、どうしたの」

「ん、いや、なんでもない」

「なんでもあるでしょ、マグロ好きなのに全然食べないじゃない」

「そ、そうか」と四角い眼鏡の奥のつぶらな瞳をしばたかせ、たちまち3切れ、4切れと口に放り込む。呆れた朝香は、何に悩んでるの、と肩にかかった髪を後ろに流しながら問いかけた。すると、ようやく重い口を開く。

「俺は、この世界の真実に遂に気が付いてしまったんだ」

 聞いた瞬間、どうせそんなこったろうと思った、と朝香は半笑いになりそうになったが、一応聞いてみる。

「この世界の真実って?」

「この世界はね、実はね、仮想現実、バーチャルリアリティーなんだよ」と太地は厳かに告げた。

「ああ、マトリックスみたいな感じ?」

「そう、そうだよ! あの映画は真実を描いているんだ。世界の有名な哲学者や事業家もそうだと言っているんだ」

「んじゃあなた以外にも気づいている人はいっぱいいるのね」

「え? え、ああ、まぁ、そうかな」

「なのになんであなたが最初の発見者みたいな雰囲気なの?」

「ぷぷるぷ。いや、そういうわけじゃないけどね、とにかくこの世界は仮想現実であって、本物の世界じゃないんだ」

「ふーん。じゃあ本物の世界ってどこにあるの?」

「この世界の外側」

「あなたこの前宇宙の果ての向こうは意識だとか何とか言ってなかった?」

「言った言った」

「んじゃ本物の世界はやっぱり意識ってこと?」

「そうそう」

「じゃあこの世界が仮想現実で意識だけの世界で辻褄はあってるんじゃないの? 現実の世界ってなに?」

 太地は目を白黒させた後、我が妻は神か悪魔か、とひとり呟いた後、ふらふらと外に出ていく。流石にまずそう、と朝香もつっかけで後を追う。どこに行くのかな、と見ていると、公園へ行って野良猫の頭を撫でている。そしてポケットからマグロのお刺身を出してあげている。一体どういう思考回路を経てそうなったのか分からないが、どうも博愛精神、動物愛護に目覚めたらしい。

「わからん……でもあの調子じゃあの猫連れて帰ってきそうね」

 公園の入り口で見守っていた朝香は、うちのマンションってペットOKだったかしら、と思い出すのだった。

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