第3話 暗号、結末、そして花火大会

 料理好きな朝香が今宵も腕を振るって豚の生姜焼きを作っているところ、玄関からドタバタと騒がしく足音を立てて太地が帰ってきた。

「ただいま朝香、遂に俺は見つけたんだ」

「おかえり、何を?」お箸を動かす手は止まらない。

「あのヴォヴォニッチ手稿の言葉を読む方法をだよ!」

「なんか聞いたことあるけど。取りあえず手を洗ってきて」

素直に洗面所に消えた太地は、部屋着に着替えてきた。手に何枚かの紙を持っている。朝香はテーブルに豚の生姜焼きやお豆腐の入ったお皿を並べている。

「いいか聞いてくれ朝香、この……」

「はいはい、まず食事ね。冷めちゃうでしょ」

 素直に従う太地。前回の失敗でPTAには怒られるわ生徒の一人は悟りを開いて高野山に出家しそうになるわ朝香には教師をクビになったら離婚とか言われるわで散々だったので少しは懲りているのだ。が、あくまで少しはである。朝香の料理はうまい旨いと、これは正直に言うのであるのが、終わった頃おもむろに先ほどの紙数枚を取り出す。

「いいか朝香よく聞いてくれ。ヴォヴォニッチ手稿というのは未知の言語で書かれていて、世界中の言語学者や暗号解読のプロが全力で解読に取り組んでも全く解けないという謎の本なんだ」

「そんなもんがあんたに解読できるわけないでしょ」

「そう思うだろう? ところが俺は天才だったらしく、遂に解読方法を発見したんだよ」

「どうすんの」

「まず、言語が特定出来ないからには、既存の言語じゃないのは間違いない。要は筆者が自分で考えた言葉なんだよ」

「ほう」

「でも、自分しか読めないんじゃ意味ないよね? だから、読む方法を相手に教えないといけない。ところが、この本は数ページが行方不明なんだよ。おそらく、その解読方法が書いてあるところがないんだ」

「ふむふむ、それで?」

「ちなみにこの本を最初に発見したのがヴォヴォニッチ・ラードフという一五世紀のポーランドの富豪なんだよ。つまりこいつがそれらのページを切り取って隠してるんだよ! そいつの家は今も現存している。つまり、こいつの家を壁から屋根裏から引っぺがして庭から何から掘り尽くせば、きっと見つかるんだよ、暗号解読のための数ページが!」

「な、なんだってー!! って言うと思った? あんたごときが思いついたことはとっくの昔にやってるよ、誰かが。調べてみればいいじゃん。じゃあお風呂入ってくるね」

 と朝香は浴室に消えていった。ぐぬぬ朝香は相変わらずわからんちんの愚民だな。しかし、少し不安になったので手元のスマホでヴォヴォニッチ手稿について書かれたwikipediraを見てみた。すると、


 ヴォヴォニッチの家は、行方不明の何枚かが隠されていないか、ホプキンス大学の調査チームが壁の裏から井戸の中まで探索したが、現存以外のページを発見することは出来なかった(12)


太地は三回読んだ後、ひゅるっ、と喉から空気みたいな声を出して、数枚の紙をくしゃくしゃにしてゴミ箱に捨てた。それから、自室のクローゼットの奥から線香花火を出してきて、ベランダで一人秋の花火大会を決行して、風呂から出てきた朝香に怒られて涙目。

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