第3話 「じゃあ私は、ここでは“お姉ちゃん役”に徹しなきゃ」

「ただいまーっ」

もう家族が出迎えてくれることはないのにこの言葉を言ってしまうのは習慣からくるものなのか寂しさの思いからかそれはもうわからない。

ここは学校から歩いて20分ほどの場所にあるアパートで名前は【ごちそう号館】ご年配の管理者である佐々木さんがいつでもいるような安心感と安らぎを届けたいという思いから

この名前にしたんだそう。

「よし今日も私頑張ったかなじゃあ行くか」

一人暮らしをしている割に部屋の中は質素というかあまりものを置いていない。洗濯機や掃除機:冷蔵庫などはあっても女子っぽさを感じさせるものはひとかけらだってない。

それには事情がある。

【Teleport】そう心の中で念じるとあたりの景色は瞬時に変わった。

 視界が白く反転し、重力の感覚が一瞬だけ曖昧になる。




次に足裏へ伝わってきたのは、柔らかく、沈み込むような感触だった。


「……ただいま、私のおうち」


誰に聞かせるでもなく、そう呟く。


目の前に広がるのは、天空の城アランティア最上階。

私割り当てられた、でっかい一人部屋。


高い天井から吊り下げられたガラスの玉の魔法照明は、外の時間帯に合わせて淡く色を変え、

壁一面の大窓の向こうには、雲海と沈みかけの夕日が広がっている。

下界では見ることのできない、静かで広大な景色だ。


「……はぁ」


自然と、肩の力が抜ける。


部屋の中央には、体がすっぽり沈み込むふわふわの大ペンギン型ソファ。

その正面には、最新型のゲーミングPCと三面モニターが整然と並び、

指先ひとつで起動できるよう、すでに待機状態になっている。


床には浮遊するラグとクッションがゆったりと配置され、

歩くたびに足元がふわりと持ち上がる感覚が心地いい。

壁際には、魔法で温度調整が可能なベッドと、

世界各地で手に入れた珍しいアイテムが無造作に置かれた棚。

おそらくこのような芸当をできる人はこの世界で一人だけであろう。金で買う代物ではなくその過半数が非売品なアイテムや合成して使うことができるようなアイテムでしかない。まぁむろん買うことはできるのもあるが一つ買うだけでもその桁は目ん玉が飛び出るほどの額になるだろう。

 

「……やっぱり、こっちのほうが落ち着くなぁ」


制服のままソファに倒れ込むと、

包み込まれるような柔らかさに、思わず声が漏れる。


天井を見上げながら、ぼんやりと考える。


ごちそう号館のアパートは、さすがにホームレスって判定食らえば周囲の目の色が変わることは明らか、だからほどほどの距離感であるこの家をカモフラージュとして選んだ。

アランティアのこの部屋は――実際に私が暮らしているのはこっちのほうである。

「……さて」


体を起こし、モニターに手を伸ばす。


「今日くらいは、ちょっとだらけてもいいよね」


外では、雲がゆっくりと流れていく。

天空の城は今日も変わらず、静かで、平和だった。




『コンコン』扉をたたくノック音が聞こえる。

「えりちゃん?お菓子持ってきたから一緒に食べましょ??」

いつもの安心感なる天使のような滑らかな言葉に反射してOKサインを口に出してしまう

「いいよー!」『ガチャ』っとドアノブをひねり入ってきたのは同じ魔境入りを果たして上位100名に食い込んでいるカルロだった。

「もー相変わらずエリちゃんは画面ばっか見ちゃっておめめが悪くなっちゃいますよ?」頭をなでなでしながら私の隣に座るカルロ。

 「別にいいもんそうなったらカルロに直してもらうしー!!」

 昔私がアランティアに入りたてのころ小さい子供が迷い込んでいると勘違いして話しかけられたことがきっかけで会うたび会うたび

よく気遣って私の家を訪れて近況報告をし合う中にまで発展した。

 カルロは持ってきた紙袋をテーブルの上に置き、中から色とりどりのお菓子を取り出した。

見たこともない海外製のパッケージに、アランティア限定のロゴが並ぶ。

 「今日はねー、回復ギルドの人からもらったクッキーと、あとこれ。新作のチョコバー」


「わ、なにそれ。絶対カロリー高いやつじゃん」


「大丈夫大丈夫。ここにいる限り、カロリーは気にしたら負けです」


にこにこしながら言い切るカルロに、私は半分あきらめた顔で手を伸ばす。

包みを開けた瞬間、甘い匂いがふわっと広がった。


「……おいしい」


「でしょ? えりちゃん甘いの好きだもんね」


ソファに並んで座り、他愛もない時間が流れる。

画面は一時停止したまま、雲海の向こうで夕日が完全に沈みかけていた。


「そういえば」


カルロがクッキーを一枚かじりながら、ふと思い出したように言う。


「今日、学校だったんでしょ?」


「うん。新学期初日」


「どうだった? 二年生の最初は?」

カルロはエリカの顔色をうかがいながら見るその瞳は優しさで包み込むような目だった。


「……うん、まあ」

口に中に残っているお菓子を奥に運ばせて

少しだけ間を置いてから、正直に答える。


「初日から遅刻しかけたし、LHRで寝落ちしたし、

起きたら副コミッティーにされてた」

 簡潔にふーっと息を吐くような言葉の羅列のが一気に飛び出る。

「……え?」

先ほどまであんなに心配して揺れていた瞳がピタッと止まり呆けたような顔になりフリーズする。

「副コミッティー?」「うん」


「それ、結構大変なやつじゃない?」


「だよね!?」


思わず身を乗り出す。


「私、図書委員とか掲示係専門なんだってば!

人まとめるとか無理だし!」


「えりちゃん、意外と面倒見いいと思うけどなぁ」


「それはない。絶対ない」


即答すると、カルロはくすっと笑った。


「でもさ、普通の学校の話をしてるえりちゃん、なんか新鮮」


「……そう?」


「うん。昔学校の話をするときのエリちゃんって少し落ち込んでいた時もあったじゃない?

あの時に比べたらなんだか今のほうが楽しく生活できそうなんじゃないかな...だってほらエリちゃ気づいてる?

ちょっと楽しそう」そう言ってクッキーをエリカの口元に運んで微笑むカルロ。

「うそ?!私楽しそうにしてた?!」

自分のほっぺに手を当て上下に動かしてみるが楽しそうにしている。という感情の表現していたのかいまいちわからない。

「してたしてた笑笑」そのしぐさを見て再度笑いをこぼしながら言うカルロ。

「なにか思い当たる節とかあるんじゃない?」


「……思い当たる節、かぁ」

ペンギンソファに寄りかかり今日の出来事を振り返ってみる。新学期の遅刻。先生からの言葉。副コミュニティ。そして-----白峰さんのクスっと笑う姿。


「.......いやないないないない。それにまだまだ初日の段階だし、新鮮感ってだけで上がっているだけだよ」

手を前にだして嫌々するようにブンブン振るう。

「そーかなぁ??でも、初日は大成功だね!!」


「じゃあ私は、ここでは“お姉ちゃん役”に徹しなきゃ」


「なにそれ」


「学校で疲れたえりちゃんに、お菓子を与える係」


「重要すぎる役職じゃん」

窓の外では、夜の雲が静かに流れている。


ここは天空の城。

世界の頂点に近い場所。


それなのに今しているのは、

学校の愚痴を言いながらお菓子を食べるだけの時間。


――でも、それが今の私には、何より大切だった。

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