第4話:『魔王復活? いや、それ寝不足や』
「大変だ! 緊急事態発生!」
私がマリアと雷おこしパーティーを開いていると、牢屋の扉が爆発音と共に吹き飛んだ。 煙の中から現れたのは、黒いローブを纏った男。 王国筆頭魔術師団長、ヴェルナーだ。
彼は血走った目で叫んだ。 「魔王の封印に亀裂が入った! 溢れ出す瘴気が止まらない! このままでは王都が闇に飲み込まれる!」 「きゃあ! 魔王復活ですの!?」 マリアが私の背中に隠れる。
私は、よっこいしょ、と立ち上がった。 「騒がしいなぁ。どないしたん」 「どないしたも何もあるか! スカーレット、貴様の魔力が必要だ! 貴様の規格外の魔力で、封印を補強してくれ!」
ヴェルナーは私の手を引こうとした。 その時だ。私のオカン・センサーが、今日一番の反応を示した。
――手が、氷のように冷たい。 ――顔色が、土気色を超えて紫色。 ――そして、目の下のクマが、もはやタトゥーのレベル。
「ちょっと待ちぃ」 私はヴェルナーの手をパチンと叩いて払った。 「なっ、何を……!」 「アンタ、いつから寝てへんの?」
ヴェルナーは虚を突かれた顔をした。 「……は? 寝る? そんなことをしている暇はない! 私はここ一週間、不眠不休で結界の維持を……」 「一週間!?」
私は素っ頓狂な声を上げた。 人間、一週間も寝てへんかったら、そら幻覚も見えますわ。
「魔王の瘴気って、どんなんや? 黒いモヤモヤが見えるんか?」 「そうだ! 視界の端に、常に黒い影が蠢いて……!」 「それ『飛蚊症(ひぶんしょう)』や! 眼精疲労が限界突破しとるだけや!」
私はヴェルナーの襟首を掴むと、マリアに指示を出した。 「マリアちゃん! そこの予備の布団敷いて!」 「は、はいっ! お任せあれですわ!」
元ヒロインの素早いベッドメイキング。 私は抵抗する魔術師団長を、柔道技のように布団へ放り投げた。
「貴様! 国が滅びるんだぞ! こんなことをしている場合では……!」 「滅びへん滅びへん! 国より先にアンタの体が滅びるわ!」
私は懐(四次元)から、水筒を取り出した。中身は保温されたホットミルク(ハチミツ入り)だ。 「ほら、これ飲み! 一気にな!」
口に注ぎ込まれる温かい液体。 ヴェルナーは「むぐっ」と喉を鳴らすと、途端に力が抜けたように布団に沈んだ。 血糖値の上昇と体温の上昇。そして極限の疲労。 生理現象には勝てない。
「……あたた……かい……」 「せやろ。人間、寝な死ぬで」
ヴェルナーの目がとろんとしてくる。 私はトドメに、彼の眉間――「第三の目」とか言われてる場所を、親指でグリグリとマッサージした。
「う、あ……そこ……効く……」 「ここ詰まってんねん。考えすぎや。ほら、深呼吸してー。吸ってー、吐いてー」
数秒後。 伝説の魔術師団長は、赤ん坊のような寝息を立てて爆睡していた。 「スー……スー……」
マリアが恐る恐る尋ねる。 「あ、あの……魔王の封印は……?」 「大丈夫や。たぶん、ヴェルナーさんが自分で張った結界の歪みを、寝不足の目で見間違えただけやろ」
実際、窓の外を見ても空は青い。 瘴気などどこにも発生していなかった。 世界を脅かしていたのは「魔王」ではなく、ブラック労働による「過労」だったのだ。
「さて……」 私は寝息を立てるヴェルナーに布団をかけ直すと、パンパンと手を払った。
「これで、王子、騎士、ヒロイン、魔術師。全員片付いたな」
牢屋(貴賓室)には、平和な時間が流れていた。 しかし、オカンの戦いはまだ終わらない。 これら全てをまとめる「オチ」をつけなければならないからだ。
(第4話 完)
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