第3話:ヒロインちゃん、それただの反抗期やろ?

「オーッホッホッホ! ざまぁみろですわ、スカーレット様!」


 特別仕様の牢屋(シルクのシーツ付き)で私がくつろいでいると、鉄格子越しに高笑いが響いた。  現れたのは、今回の騒動の主役、正ヒロインのマリアだ。  ピンクブロンドの髪を巻き巻きにして、勝ち誇った顔で仁王立ちしている。


「どうですの、その無様な格好は! レオナルド様は私のものですわ! 貴女みたいな愛想のない女、捨てられて当然ですのよ!」


 マリアは扇子で口元を隠しながら、これでもかと罵倒を並べ立てる。  典型的な悪役……いや、ヒロインかこれ?  私はベッドの上であぐらをかきながら、そんなマリアをジッと見つめた。


 オカン・スキャン、開始。


 ――ファンデーション、厚塗りしすぎやな。首と顔の色違うで。  ――髪の毛、コテで巻きすぎて毛先チリチリやん。  ――ほんで何より……。


「……アンタ、足痛いんちゃうか?」


 私の言葉に、マリアの罵倒がピタッと止まった。  扇子の隙間から、ギクリとした目が見える。


「な、何を……」 「そのヒールや。10センチはあるやろ。さっきから小鹿みたいに足プルプル震えてるで」 「こ、これは最新の流行で……!」 「流行だろうが何だろうが、無理して履いたら外反母趾になるで! 骨曲がってから泣いても遅いんやからな!」


 私はベッドから降りると、鉄格子の隙間から手を伸ばし、驚くマリアの腕を掴んで引き寄せた。


「ちょっ、何を! 離し……!」 「ええから座り! ほら、靴脱いでみ!」


 有無を言わせぬオカンの迫力。  マリアは抵抗も虚しく、その場にへたり込んだ。  私が彼女のガラスの靴(物理的に硬そう)を脱がせると、案の定、かかとは靴擦れで真っ赤になり、小指も悲鳴を上げていた。


「うわぁ、痛々しいなぁ……。こんなんなるまで我慢して、アホちゃうか」 「う……うぅ……」 「待っとき。今ええもん貼ったるから」


 私は懐(四次元)から、湿布薬を取り出した。  ハーブの香り漂う、特製『冷んやり貼り薬』だ。  ペタリ。患部に貼ると、マリアの肩がビクッと跳ねた。


「……冷たっ」 「最初はな。すぐ気持ちようなるわ」


 私はついでに、彼女の顔も覗き込んだ。


「アンタ、肌荒れてるな。睡眠不足か? それともストレスか? 厚化粧で隠しても、毛穴が悲鳴上げとるで」 「……うるさい! うるさいですわ!」


 マリアが突然、叫んだ。  その目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。


「私だって……こんな高い靴、履きたくないですわ! でも、平民上がりの男爵令嬢だからって舐められたくないし……王子に見合う女にならなきゃって、必死で……!」


 マリアは顔を覆って泣き出した。  なんや、ええ子やないか。  ただちょっと、背伸びしすぎて息切れしてるだけや。


「せやな。しんどかったな」


 私は鉄格子の隙間から手を伸ばし、彼女の巻髪(バリバリに固めてある)をワシャワシャと撫でた。


「王子なんてな、ただの顔が良いだけの世間知らずや。あんなんの世話焼くために、アンタがボロボロになることないで」 「で、でもぉ……ヒロインだしぃ……」 「ヒロインである前に、アンタは女の子やろ。自分大事にしな」


 私は逆のポケットから、個包装されたお菓子を取り出した。


「ほら、おばちゃんの故郷の味『雷おこし』や。硬いけど美味いで」 「……雷……おこし……?」 「噛み砕いたらストレス解消になるわ。食べ」


 マリアは涙目で「雷おこし」を受け取ると、恐る恐る口に運んだ。  ガリッ、ボリッ。  いい音が響く。


「……硬い。……でも、甘いですわ……」 「せやろ。全部吐き出したらええねん」


 数分後。  そこには、「スカーレットお姉様ぁ~!」と私の手にすり寄る、すっかり毒気の抜けたマリアの姿があった。  どうやら彼女の王子への執着は、「周りを見返したい」という反抗期特有の意地だったらしい。


「私、王子なんて本当はどうでもよかったんです……。本当は、田舎でパン屋になりたかったんです……」 「ええやんパン屋! 手に職つけるのが一番やで!」


 こうして、王子に続き、正ヒロインもオカンの軍門に下った。  残る脅威はあと一つ。  国の地下に封印されているという「魔王」の復活だ。


 ……ま、それもなんとかなるやろ。


(第3話 完)

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