最終話:『オカン、国母になる!?』

翌朝。  王城の地下(もはやサロンと化している)に、重々しい足音が響いた。  現れたのは、立派な髭を蓄えた初老の男性。  この国の頂点、国王陛下その人である。


「……騒がしいと聞いて来てみれば、これは一体どういうことだ?」


 陛下は目を丸くした。  無理もない。  そこには、姿勢良く書類仕事をする王子、ボタンの取れていないピシッとした騎士団長、スッピンでパンのカタログを眺めるヒロイン、そして布団で爆睡する魔術師団長がいたからだ。


「父上! いえ、陛下!」  レオナルド王子が立ち上がり、シャキッと敬礼した。 「報告します! スカーレット嬢の……いえ、スカーレット師匠の指導により、我が国の懸案事項は全て解決しました!」


「なんだと?」 「私の猫背と野菜嫌いは治り! 騎士団長の装備不備は解消され! マリア嬢の浪費癖はパン職人への夢へと昇華され! 魔術師団長の不眠はホットミルクで完治しました!」


 王子は私の隣に立ち、キラキラした目で見上げた。 「全ては、スカーレット師匠のおかげです!」


 陛下は私を見た。  私はとりあえず、懐から出した煎餅(サラダ味)をバリバリとかじりながら、片手を挙げた。


「どうも。息子の姿勢、直しときましたで」 「……君が、やったのか? あの頑固な連中を、たった一晩で?」


 陛下は震え出した。怒りではない。感動で髭を震わせているのだ。 「余が……余が何年もかけて教育しても直らなかった悪癖を……。君こそ、真の教育者だ!」


 ガシッ!  陛下は私の両手を握りしめた。


「スカーレット嬢! いや、国母よ! どうかレオナルドと結婚してくれ! いや、むしろ余の相談役として国政を……」 「お断りします!」


 私は即答した。 「な、なぜだ!? 王妃の座だぞ!?」


「アホ言いないな陛下。王妃なんかになったら、スーパーのタイムセール行かれへんやろ!」 「……は?」 「それに、堅苦しいドレス着てパーティー? あかんあかん、肩凝るわ! 私はな、動きやすい服着て、近所の人らと井戸端会議しながら、大根の値段で一喜一憂したいんや!」


 私は仁王立ちで宣言した。  権力? 名誉? そんなもんより、商店街の福引券のほうが大事や!


 その言葉に、全員が呆気にとられ……そして、破顔した。


「ふ、ふはははは! まさか王妃の座を『スーパーのセール』と天秤にかけて断るとは!」  陛下が腹を抱えて笑い出した。 「面白い! ならば好きにするがいい。ただし!」


 陛下はニヤリと笑った。 「王城への『出入り自由』と『お節介』だけは許可する。……たまには、余の肩も揉んでくれんか?」


 ***


 それから数ヶ月後。  王都の商店街には、元気に走り回る公爵令嬢(ジャージ姿)の姿があった。


「あら奥さん! 今日はお肉安いらしいで!」 「ちょっと騎士さん! あんた顔色悪いで、ちゃんと寝てるんか!」


 すれ違う人々にアメちゃんを配り、姿勢を正し、悩みを聞く。  いつしか人々は、親しみを込めて彼女をこう呼ぶようになった。


 王国の『オカン』と。


「おーい、スカーレット!」  向こうから、パン屋のエプロンをつけたマリアと、野菜かごを持った王子が手を振ってくる。 「今日の昼ごはんは、みんなで鍋にするそうです!」 「おう、わかった! 白菜買うたるから待っとき!」


 私は買い物かごを掲げて走り出した。  異世界転生も悪くない。  だってここには、世話の焼き甲斐のある連中が山盛りおるからな!


「よっしゃ、今日も張り切って行くでー!」


 私の元気な声が、平和になった王国の空に響き渡った。


(全5話 完)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る