第3話 部長からの呼び出し:つまらない男

「まだ何か問題があるのか?」

「問題……というわけじゃないのですが、俺が相手で真心さんが楽しめるのかなってのが不安で」

「なんだ、お前そんな情けない男だったのか」

「失望しました?」

「失望というより、疑問だな。佐野は前から自己評価が低い傾向にあったが、何かあったのか?」


 そういえば仕事の評価面談の時に何度も注意されたっけか。自分がやったことを正しく評価出来るようになれって。このくらい他の人なら簡単に出来そうだし大したことやってないよなってどうしても思っちゃうんだよな。


 まぁ今回の件はその仕事の自己評価とは理由が違うんだが。


「これまで何回か女性と付き合ったことがあるんですが、長続きしないんですよ」

「理由は分かってるのか?」

「どうも彼女達にとって、俺って『つまらない』らしいんです」

「つまらない、ねぇ」


 いつも最初は上手く行く。

 デートでは喜んでくれるし、会話も弾む。


 でも付き合って日が立つと、段々と彼女達がつまらなそうな顔をするようになるんだ。俺は最初の頃と変わらず彼女達を喜ばせようとしているのに。マンネリが原因かと思って趣向を変えてみたりもしたけれどダメだった。


「最後に付き合った彼女が言ってました。無理して私と一緒にいるように感じて辛いって」

「うわ~きっつ」

「ほんときつかったです。だからそれ以来、彼女を作ろうなんて思わなくなっちゃいました」


 そうしたら丁度そのタイミングで仕事が忙しくなってきて、気付いたら仕事に生きる独身男性が完成していた。


「ならしばらくは付き合う気は無いってことか」

「いえ、そういうわけではないです」

「そうなの?」

「はい、いつまでも引き摺ってるわけにはいきませんから。ただ……」

「またつまらないって相手に思わせるのが申し訳ない、と」

「そういうことです」


 もちろん今回もそうなるとは限らないが、どうしても尻込みしてしまう。特に真心さんはこれまで良い恋愛が出来ていなかったそうなのに、今回もまたダメだとがっかりさせたくはない。


「ならこれからどうするつもりなんだ? 一生独身でいるつもりか?」

「いえ、自分で言うのも何ですけど、恋愛結婚じゃなきゃ上手くやれると思ってますので」

「大人の結婚をして無難に家庭を築く、か。確かにお前ならやれそうだが、寂しい話だ」

「あはは」


 子供が大きくなって自立し、俺が定年を迎えた頃、つまらない俺は嫁さんから離婚を切り出され、一人寂しい余生を過ごすことになる。そんな未来がありありと想像出来た。


「趣味とか無いのか?」

「ありますよ。一人旅」

「一人……おまえ、そういうところがつまらないって言われる理由じゃないのか?」

「そう……なんですかね……」


 別に誰かと一緒に何かをすることが嫌って訳じゃない。むしろ好きな人と一緒の時間を過ごすなんて最高だと思う。それとは別で一人で旅するのも楽しいってだけの話だ。


「ん~どうしよっかな。お前なら良いと思ったんだが、つくしに虚無の結婚生活を送らせるわけにはいかないしなぁ」

「虚無は酷いですよ」

「つまらない結婚生活なんて虚無以外の何物でもないだろ」

「それ聞いたら怒る人がいそうだから他では言わない方が良いですよ。というか、結婚まで考えてるんですか」

「そりゃお前の年齢なら今から付き合うってことはそれを視野に入れるだろ」


 そういやそうだな。

 いつの間にか俺もそんな歳になってしまったか。


「分かった。今回の件は延期にしよう」

「延期ですか?」

「ああ。お前の話をつくしにしてみる。あいつがそれでも良いって言ったらまた話をする」


 確かに今ここで慌てて決める必要は無い。


 恋愛なんて勢いが大事とは言うが、俺はもうそういう歳じゃなくなってきているからな。じっくりと話し合って進めることの方が大事だろう。


 ただ、今回は例外だ。


「その必要はありませんよ」

「なんだって?」

「どうやら彼女は俺とのお付き合いに前向きのようですから」

「は?」


 どうやら部長はまだ気付いていない様子。

 なら分かりやすく視線をそちらに向けてみよう。


「お前何処を見て……まさか!」


 部長は俺の視線の先、つまり後ろを振り返り確認した。

 そこには真心さんが座っていて、バツが悪そうにぺこぺこと頭を下げていた。


 何故部長の従姉妹が真心さんだと分かったのか。

 それはその話のタイミングで彼女が部長の後ろの席に座ったから。しかもご丁寧に俺に向けて軽く頭を下げて挨拶までして。


 それからも話の合間で気になったことがあると、彼女が頷いたり微笑んでくれたりして疑問に答えてくれていたんだ。


「つくし、来てたなら来てたって言いなさいよ。もう」

「ごめんなさいお姉ちゃん。どうしても気になっちゃって」


 恐らくだが、もしも俺が真心さんの事を嫌がったらショックを受けるかもしれないと思い、部長はまず俺に相談するという形を取ったのだろう。だが真心さんとしては自分のことを全て任せるのは申し訳ない。かといって部長の気遣いも無駄にしたくない。


 その結果、裏でこっそりと話を聞き、いざとなったら自分が出て行こうと考えたのではないだろうか。


「佐野も気付いてたなら……って何ニヤついてるんだ?」

「いえ、部長って真心さんにお姉ちゃんって呼ばれてるんだなって」

「な!?」


 おお珍しい。

 部長が照れて真っ赤になった。


 いや別に珍しくなかった。

 旦那さんの話をしている時はいつも真っ赤だったか。


「べ、別に良いだろ。歳の離れた従姉妹なら良くある話だ」

「お姉ちゃん妹が欲しかったらしくて、小さい頃私にお姉ちゃんって呼ぶようにって強要して来たんです」

「つくし!?」

「にやにや」

「ぐっ……こいつ!」


 真心さんとタッグになって部長を揶揄いながら俺は席を立った。

 もちろん彼女をこちらのテーブルに呼ぶためだ。


 彼女は店員さんを呼ぶと事情を説明し、俺の隣に腰を下ろした。


 なんか不思議な気分だ。


 会社では何度も話をしているし、二人っきりで指導したこともある。

 その時はあくまでも部下だとしか思わなかったのに、今は彼女の事を女性として意識してしまっている。


「ええと、それで結局何がどうなったんだ?」


 真心さんの登場でそれまでの話の流れが飛んでしまったのだろう。部長が首をかしげている。


「私はつまらない男だから真心さんと合わないかもしれないと心配してたけれど、彼女が問題ないって合図してくれたってことです」


 だから仕切り直して真心さんに全てを説明し直す必要は無い。


「そうか……本当に良いのか、つくし」

「うん」


 彼女は部長の確認にはっきりと答えた。


「さっきまでの話を全て聞いてもか?」

「うん」

「こいつつまらないらしいぞ」

「絶対にそんなこと無いよ」

「だそうだぞ、佐野」

「…………ここまではっきり言われて否定なんて出来る訳ないじゃないですか」

「くっくっくっ、そりゃそうか」


 それは男としてかなり情けない。

 俺にだってプライドはあるんだ。


「なぁつくし、もし良かったら参考までに教えてくれないか。自分で勧めといてなんだが、どうしてこいつで良いんだ?」

「違うよお姉ちゃん」

「え?」




「佐野さんで良いんじゃないです。佐野さんが良いんです」




「な!?」

「な!?」


 俺と部長の驚きの声がハモってしまった。


 だって仕方ないだろう。

 まさかそこまで好感度が高いだなんて思ってもいなかったんだから。


「なんだよ佐野。俺はつまらない男だ~なんて言いながら、やることやって堕としてたじゃないか」

「いやいやいや、俺は何もしてませんよ。というか、してたら問題でしょ」


 真心さんにとって俺は役職付きの上司だ。

 その上司が新人女性社員の好感度稼ぎをして堕とそうとしていただなど、本物のハラスメントになってしまうじゃないか。


「そうか? 節度あれば良いと思うが。じゃなきゃ社内恋愛なんて起きないだろ」

「あれ? そう言われてみれば……じゃなくて、俺は特別彼女に何かしたことは無いですって。なぁ、無いよな?」

「はい、佐野さんは普通に接してくれました」

「ふぅ……」


 焦った焦った。

 気付かないうちに何かをやらかしてしまったかと思ったぜ。


「じゃあどうして佐野が良いって思ったんだ?」


 確かにそうだ。

 俺が彼女に何かアピールしたわけではなく、普通に社会人として接していただけ。


 それなのにどうして好感度が高いのだろうか。




「私が淹れたお茶を美味しいっていつも言ってくれるから」




 俺じゃなくてもそれは言うだろう。実際丑岡だって言っている。


 だが彼女が言いたいのはそういうことではないのだと、なんとなくだが思った。

 

「そうか」


 部長はこれまでで一番優しい笑みを浮かべ、ただそれだけを呟いた。


 今日、俺と真心さんが付き合うことが決まった。

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尽くしたがりのつくしさん マノイ @aimon36

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