第2話 部長からの呼び出し:尽くしたがりの女

「いやぁ佐野のおかげで助かったよ」

「ホント気を付けてくださいよ。無駄な不倫騒動に巻き込まれるなんて勘弁ですからね」

「すまんすまん」


 会社から遠く離れた繁華街にある喫茶店。

 そこで俺は部長夫妻・・・と向かい合って座っていた。


「僕からもありがとう。僕達だけならともかく、君にもっと迷惑をかけてしまうところでしたよ」

「私達が気にして無くても世間は勝手な憶測で騒ぎますからね。超おしどり夫婦の部長が不倫なんかするわけ無いのに」


 仕事に関しては厳しいが、こと家庭に関してはダダ甘だ。特に旦那さんの話題になると、まるで少女かのように顔を綻ばせる。ちなみに部長は四十代。歳を考えろとはまだ誰も言えてない。 


 その部長だが、隣に愛しの旦那様がいるにも関わらず苦い顔をしている。


「女ってのは面倒だからな。仕事外で佐野と二人っきりのところなんて見られたら、根も葉もない噂を広めて嬉々として攻撃してきやがる。そんなくだらないことやってないで真面目に仕事して成果を出せよな」


 部長のポストを狙う人。

 部長の厳しい指導で逆恨みしている人。

 単に部長が嫌いな人。


 そういう人達が部長を貶めるために不倫だなんだと騒ぎ立てる。

 部長も俺も気にしないが、周囲の騒ぎは間違いなく仕事に影響が出てくるだろう。


 俺はそれを懸念して、二人だけでプライベートで話をするのは危険じゃないかって部長に進言したんだ。すると部長は直ぐにその意味を理解して旦那さんを呼んでくれた。


「この話は気分が悪くなるだけだからここまでにしませんか?」

「ああ、そうだな」

「僕は今日は静かにしているから、二人だけで話をして下さい」


 本題に入る前に、注文してあったホットティーを一口飲んだ。

 美味しいけれど、以前真心さんが淹れてくれたホットティーの方が美味かったな。


「単刀直入に聞くぞ」

「はい」

「佐野は今、彼女がいるか?」

「え?いませんけど?」


 てっきり部長に関する話なのかと思っていたが、俺の話だったのか。


「もしかしてお見合いの話なんですか?」


 今の時代珍しいな。

 だが俺も友達に勧められて付き合ったことがあるから、それと似たようなものなのかもしれない。


「いや、そこまで堅苦しい話では無い。もしお前が良ければ私の従姉妹と付き合って欲しいんだ」

「部長の従姉妹?」

「そうだ。お前も良く知っている人物だ」

「え?」


 俺が知っている女性の中に、部長の従姉妹が居ただなんて初耳だぞ。


 一体誰なんだ?


 これまで自分が接したことのある女性を思い出そうとするが、いまいちピンと来ない。部長と似たような性格の人物を探しているからだろうか。


 まぁ良い。

 考えても分かることじゃないだろうから素直に聞いて…………え?


「どうした? もしかして誰なのか分かったのか?」

「いえ、そうじゃなくて…………あ、そうか、そういうことか」

「?」


 このタイミングでそうなっているということは、その可能性が高いだろう。


「真心さんですか?」

「おお、凄いな。もしかしてつくしから聞いてたのか?」

「いえ、なんとなくです」

「なんとなくって……それで分かるとは思えないが、まぁ良い。そのつくしだ」


 いつもお茶を淹れてくれる気が利く新入社員が部長の従姉妹だっただなんて。しかも彼女とのお付き合いを勧められるとか、こんなこともあるんだな。


「どうだ?」

「どうだって言われましても」

「同じチームで仕事して、それなりに人となりは分かっただろ。付き合ってみたいと思わないか? 私が言うのもなんだが、彼女は超優良物件だぞ」

「待ってください。こういう話を真心さん抜きでやって良いのですか?」

「大丈夫だ。今日のことは全部彼女に了解を取ってある」

「了解って……ああ、なるほど。分かりました」


 問題が無いのなら、部長の提案について考えてみよう。


 真心つくし。

 仕事面では申し分ない人間だけれど、異性として付き合うとしたらどうだろうか。


 なんて考えるまでも無いか。

 気が利いて話がしやすく、そして何よりも可愛い。

 細かい性格や相性なんて付き合ってから考えれば良い話であって、付き合いたいかと判断するための事前情報のレベルはトップクラスだ。


 だが気になることが二つある。


 一つは俺の部下であるということ。

 部長と係長から付き合えと言われて断れないなんてことにはなっていないだろうか。


 …………大丈夫そうだな。


 ならもう一つの問題だ。


「どうして俺なんですか? 彼女ならもっと良い男と付き合えるでしょう」


 俺が彼女に見合わないということだ。


 もっとイケメンで、性格が良くて、面白くて、趣味が多彩で、人付き合いが上手くて、お金持ちで、家族関係が良好で……なんか凹んで来たが、つまりはそういう男と付き合うレベルの女性だと思うんだ。


「そうだったらこんなお願いはしないさ」

「と言いますと?」

「つくしはうちに就職する前、悪い男に囲われてた」

「え?」


 悪い男、という言葉に嫌な場面を想像してしまいそうになり慌てて振り払った。


「つくしを都合の良い女として扱い、時には暴力を振るい、まるで物のように扱っていたらしい」

「そんな……」

「というのは私の勝手な想像だがな」

「え?」

「つくしは決して相手のことを悪くは言わなかった。あくまでも断片的な情報から私が推測した内容だ。色々調べたが、恐らくは軽いDV男というのが正しいところだったのだろう」


 だが軽かろうが何だろうが、真心さんにきつくあたった男に対して部長は腹立たしく感じていた。その想いが現実よりも酷い男というイメージを植え付けてしまっているのかもしれない。


「男はつくしを手放したがらなかったが、私が無理矢理引き離した。このままではつくしは幸せになれないのが目に見えてたからな」

「その男性のことは知りませんが、良い判断だったと思います」


 真心さんがそういう男性の事を好きになるタイプの女性である可能性も考えたが、どうやらそれは違うらしい。それなら部長の行動は大正解ということになる。


「でも、それって最悪なケースであって、真心さんが幸せになれる相手なんて山ほどいると思うのですが」

「それがなぁ……つくしはその前にも何人か男性と付き合ったことがあるんだ」

「上手く行かなかったんですか?」

「ああ、何故だと思う?」

「…………分かりません」


 俺が気付いていない欠点が彼女にあるのだろうか。

 だがそれなら先にそのことを教えてくれるはず。


 今俺が知っている情報だけで答えが分かるから部長は聞いているんだ。そういう性格だからな。


 でもマジで分からん。

 あんな良い子、真っ当な男なら絶対に大切にすると思うんだが。


「尽くされるってのは案外大変なんだよ」

「え?」

「申し訳なくなるらしい。そこまでしなくて良いって」

「ああ、そういうことですか」


 丁度今日、丑岡とそんな話をしていたな。


『でも佐野さん。マジな話、こんな風にお茶淹れて貰ってたら会社から注意されないッスかね。ほら、今ってそういうの煩いじゃないッスか。いくら本人がやりたいって言っても怒られないッスかね?』


 本人がやりたいことであっても周囲から見たら『やりすぎ』だとか『媚びすぎ』だとか思われ、彼女の好意を受け取る側も『遠慮すべき』とか『自分でやるべき』だなんて思われたり考えたりしてしまう。


 相手のことを想い、やりたいことをやっているだけなのにそれが悪と受け取られてしまう。


 尽くしたいのに尽くさせてもらえない。


 それは真心さんにとって不幸なことなのかもしれないな。


「その点お前は、彼女に好きにやらせるタイプだろ」

「…………そうですね」

「なんだ不満そうだな」

「なんか自分が人でなしのように言われてる気がして」


 優しくて真っ当な人間は彼女の好意を申し訳なく思うのに、お前はそうではない冷淡な人間だと言われているような気分だった。


「はは!何を言ってる。むしろ逆だろ。自分の勝手な理想を押し付けずに相手の望むことを理解してあげられる、立派な人間じゃないか」

「…………」

「なんだ、今度は照れてるのか」

「そりゃ照れもするでしょ。良くそんな恥ずかしいこと平気で言えますね」

「そうか? 普通だろ?」


 チラっと旦那さんに視線を向けたら目を逸らした。

 この夫婦、日常的に恥ずかしいこと言い合ってやがるな。結婚してもう十年以上も経つのにまだそんなにラブラブなのか。


「とりあえず理解しました」

「で、どうだ。付き合ってくれるか?」


 確かに俺の性格は真心さんとマッチするかもしれない。


「う~ん……」


 だがまだ、俺が彼女に見合わない、という問題は完全には解決されていない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る