006:異世界初仕事
満足そうにクッティを食べ終えた子猿と店を出ると、子猿は、
「眠いからもう帰るうきゃ!明日の昼、またギルドで会ううきゃ!」
と言って嵐のように去っていった。ワイの前に残されたのは、街の喧騒と、心の静寂だ。まるで、夜の大海原にぽつんと放り出されたような孤独感が襲ってくる。いや、子猿がいなくなったから寂しいんじゃない。祭りの夜に一人になったから寂しいのだ。うむ、きっとそうだ。
寂しいのは心だけではなかった。懐も寂しい。この夜更けに、一文無しで一体どうしたらいいものか。
意を決して、ベッドの絵が描かれた看板を掲げる建物、つまり宿屋に突入した。受付には女性が一人。大変気が引けたが、チャームの魔法で彼女をメロメロにし、七日間の宿泊を頼んだ。「タダでいいわ。お金ならあげるわよ」と熱烈な提案を受けたが、ワイの中のわずかな良心が痛み、丁寧に固辞し、後で必ず払うことを約束した。チャームが切れると記憶も消失してしまうようなので、念書もしたためてもらった。
部屋に入ると、どっと疲れが押し寄せた。ベッドしかない簡素で狭い部屋だったが、ワイには十分すぎるほどだ。固いベッドに横になると、五秒も経たずに意識を失い、泥のように眠りについた。
目を覚ますと、すでに日は高く昇っていた。頭はすっきりとし、体は羽根のように軽い。ぐっすり眠ったからだろうが、こんなに気持ちのいい朝は久々だ。
顔を洗いに洗面台へ行くと、そこにある鏡になんとも懐かしい、見覚えのある顔が映っていた。ワイが二十歳くらいの時の顔だ。うすうす勘づいていたが、やはり二十歳の姿でこの異世界に転生したようだ。どうりで体が軽いわけだ。若いって素晴らしいな!自分の記憶よりもずっとイケメンなのもなんか気分がいい。
ところで、「転生」でいいのだろうか?異世界に生まれ変わるのが『異世界転生』、そのまま本人が異世界に移動するのが『異世界転移』だ。
ワイの場合、若い姿で生まれ変わったのだから、やっぱり『異世界転生』でいいんだろう。どうでもいいことだが。
散歩に出かけることにした。
昨日の祭り会場の公園に行ってみると、屋台はきれいに片付けられ、日常が戻っていた。ぽつぽつと散歩する人々がいて、その平和な光景に心が和む。
池のほとりでは、清掃員たちが昨夜の小舟をかき集め、忙しそうに掃除をしていた。祭りの後ならではの、どこか寂しい光景だ。葉っぱの船とは別に、魔石だけを丁寧に回収している。魔石は光が消え、ただの透明なガラス玉になっている。おそらく、充電バッテリーのようにこれにまた神官が魔力を込めれば、再び光を放つのだろう。
そんなことに思考を巡らしつつ池の周囲を歩いていると、いきなり水面が大きく波打ち、ワイの背丈よりも大きい巨大なトカゲのような魔獣が現れた。
ワイは腰が抜けるほど驚き、その場に固まってしまった。本当に驚いた時、人は何もできないものだ。しかし、周りの人々は全く動じる様子がない。アワアワしているワイを見て、みなにこやかに微笑んでいる。上品そうな老人が近づいてきて、「大丈夫じゃよ、大人しいんじゃ」と言って去っていった。
その直後、ワンパクそうなお子様が「わあ!」と声を上げ、巨大なトカゲ魔獣に駆け寄った。するとトカゲ魔獣はビクッと驚き、一目散に池の中へと逃げていった。見た目より臆病な性格らしい。
うーん、異世界恐るべし!平和な世界とはいえ、こちらの常識は通用しないようだ。
そろそろ昼時だ。子猿に会うため、ギルドに向かうことにした。
昨夜、お金がないことを子猿に話すと、ギルドに登録して仕事を斡旋してもらうよう勧められた。そういえば、ディーも同じようなことを言っていた。異世界ものの定番である魔物討伐の依頼は、この平和な世界では廃れてしまったらしく、ギルドはほとんど職業案内所と化しているらしい。異世界に来てまで金欠とはあまりにも冴えない。なんとかしてお金を稼がなければ。女の子と遊ぶにもお金は不可欠だからな。ハーレムは遠い。
ギルドの登録手続きを子猿も手伝ってくれるという。そのためにこれからヤツに会いに行くのだ。
ギルドに着くと、入り口のドアの前で子猿がぷりぷりと怒って待っていた。
「遅いうきゃ!何ぐずぐずしてるうきゃ!待ちくたびれたうきゃ!」
そう言うが、ちゃんと昼に来たし、むしろ少し早いぐらいだ。待つのが嫌なら先に中に入ってろよ。なんで外にいるんだよ。と呆れたが、反論するのも面倒なので「はいはい」と適当にあしらいながら一緒に中へ入った。
昨日同様、中は閑散としている。昨日のヤンキー風のお姉さんの姿は見当たらない。誰もいないカウンターで子猿が「誰かいないうきゃ?」と声をかける。すると、「はいはい」と奥からヤンキーお姉さんがドーナツのようなものを頬張りながら気だるそうに現れた。ありゃ、このお姉さん、ギルドの受付嬢も兼ねていたのか。それにしても、相変わらずなんというやる気のなさだ。
「なに?」
お姉さんは、むしゃむしゃと食べるのをやめない。
「この男はこの街に来たばかりうきゃ。名前の登録と仕事の紹介をしてほしいうきゃ」
うう、ハローワークみたいで、なんとも惨めやのう。
定石なら、現実世界にあったものを異世界で発明して大儲け、となるはずだが、ネットがなければ作り方を調べられないし、知識もない。そもそもすでに転生者がいるなら、めぼしいものは出尽くしているだろうね。厳しいのう。
「じゃあ、ここに名前書いて」
雑に渡された用紙の名前欄にワイは「ジー」と書いた。偽名だけど問題ありませんように。
「うきゃきゃきゃ!ジーって変な名前うきゃ!」
ワイの名を笑い飛ばす子猿。
「なにー!じゃあお前の名はなんていうんだよ!」
そう聞くと、
「私の名はエーうきゃ」
とのお答え。
お前だって変な名じゃんか!お前は子猿で十分だ!
「なにか特技はないの?得意なこととか」
それはもう漫画!なんといっても漫画家ですからね!
そう言いたかったが、この世界に漫画なんてないだろう。漫画誌をイチから作る!なんて「漫画本好きの下剋上」をする根性もないしなぁ。
「絵、ですかね。絵が得意です」
そう無難に答えてみた。
「絵?じゃあ、なんか描いてみて」
カウンターにあった紙の切れ端とペンを渡されてしまった。ペンはペン先をインクにつけるタイプ。あちゃ、困ったな。絵なんて10年ちょい前にデジタルに移行して以来パソコンでしか描いたことないよ。紙にペンだと修正できないじゃん。鉛筆がなければ下書きもできない。しかも慣れないペンで一発描きは、相当ハードルが高いぞ。
文句を言っても仕方ない。観念して、ペンをインクにちょんちょんとつけ、お姉さんの似顔絵をガリガリと描いてみた。ワイは似顔絵も結構得意なのだ。
くっ、描きづらい……。あちゃ!やっぱりあんまり上手く描けなかった!イマイチだ。描き直させてもらおう、と顔を上げると、お姉さんと子猿が、ワイの絵をキラキラとした目で見入っていた。興奮を抑えきれない様子で、お姉さんが叫んだ。
「あんた、すごいよ!めちゃくちゃ上手いじゃない!これは商売になるよ!」
「すごいうきゃ!どうしてこんな絵が描けるうきゃ!?信じられないうきゃ!」
グイグイとキラキラしたお目目で2人が詰め寄ってくる。
え?あの、本当?あ、ありがとう。
「ホントだよ、こんな絵、見たことない!」
お姉さんの興奮した声に、ギルドにいた他の客も気になったようでワラワラと集まってきた。
なんだなんだ?
ワイの絵を見た彼らは皆一様に衝撃を受け、ちょっとした騒ぎになっている。「す、すげえ!俺の顔も描いてくれ!」「俺も!」「私も!」
仕方ないなぁ。こんなに喜ばれちゃったら描くしかないじゃないか。絵描きってやつは、例外なくみな褒められるのにめっぽう弱いのだ。
ワイはひたすら描き続けた。行列が行列を呼び、描いた絵が瞬く間に評判になって人が集まる。ぶっ通しで描き続け、夜にはさすがに腕が痛くてヘトヘトになったので、打ち切らせてもらった。たった半日で、一ヶ月は余裕で暮らせる額を稼いでしまった。
「すごいうきゃ!すごかったうきゃ!」
子猿が、心なしか尊敬の眼差しでワイを見ている。ふふふ、どうだ、見直したか?
「よし、腹ペコだし、ちょっとした打ち上げだ!ガッツリ飲むぞ!奢ってやる!」
「うきゃ!」
ご機嫌な子猿も元気よくそう叫んだ。
次の更新予定
異世界うきゃうきゃ日記 小さい目 @taarek
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