005:祭りの夜
魔法院を出ると、あたりはすでに日が落ち、薄暗くなっていた。
街路には、淡いオレンジ色の光を放つ魔石が灯り、道を照らしている。そうか、魔法は電気の代わりも担っているのか。街中がオレンジ色に染まっていて、とても幻想的だ。
「うきゃ!祭りは夜からが本番うきゃ!公園の池に行くうきゃ!」
子猿は興奮した様子でそう叫び、やはりガニ股でワイの手をぐいぐいと引っ張った。
魔法院のすぐそばには、手入れされた広大な公園が広がっていた。夜の帳が降りるにつれ、そこへ向かう家族連れや恋人たちが、まるで潮の満ち引きのように自然に園内へと歩を進めていく。
公園の中には、色とりどりの屋台がずらりと並んでいた。赤や青、金色の布で飾られた屋台からは、見たこともない形の菓子が並び、甘くて鮮烈な香りが夜風に乗って漂ってくる。香辛料の効いた料理や、炭火で焼かれた串物の匂いが混ざり合い、空気そのものが食欲をそそる魔法にかけられているようだった。
人々は笑いながらそれらを買い求め、頬張り、目を細めて楽しむ。子どもたちは手にした菓子を振り回しながら走り回り、大人たちは肩を寄せ合って屋台の灯りを眺めていた。
頭上には、提灯のように浮かぶ魔石が淡い光を放ち、公園全体を柔らかなオレンジ色に染めていた。その光は人々の顔を優しく照らし、笑い声や話し声がその光に溶け込むように響いていた。
魔石の灯り、ざわめき、そして香り。すべてが混ざり合って、夜の公園はひとつの生き物のように脈打っていた。まさに、祭りの夜にふさわしい、夢のようなひとときだった。
「着いたうきゃ」
公園の奥には、静かに広がる池があった。水面は夜の空を映して、深く、どこまでも続いているように見えた。対岸にも灯りがちらちらと揺れていて、この池の広さを物語っていた。
周囲を見渡すと、人々が手のひらほどの小さな舟を水面に浮かべていた。舟は木の葉で丁寧に編まれていて、その上には淡く光る魔石が乗っている。まるで、夜に咲く光の花のようだった。
「これは、自然の精霊たちへの感謝の贈り物を意味してるうきゃ。とても大切な儀式うきゃ」
子猿がそう言ったとき、ワイはふと、日本の灯籠流しを思い出した。懐かしく、そして切ない日本の伝統儀式だ。これはぜひ自分でもやってみたい!そう自然に思えた。
池の周りには、小舟を売る屋台が並んでいた。ワイらはその中のひとつから、適当に一艘を選んだ。それを流すために船着場へ向かうと、そこには恋人たちが多く集まっていることに気づく。魔石の光に照らされた彼らの顔は、どれも穏やかで、優しい笑顔に満ちていた。
「一緒に流すうきゃ」
子猿がそう言って、ワイの手を握った。
ワイらは、淡く青く光る魔石を舟に乗せる。それをそっと水面に浮かべ、池の中央へ向けて優しく押し出した。ゆらゆらと、心もとなく出航した小舟は、やがて他の無数の光の中に紛れて消えてゆく。水面に反射するたくさんの光が揺らめき、その幻想的な光景はいつかどこかで見た記憶の残像のようだった。
「一緒に魔石を流したから、私たちは恋人同士うきゃ!」
子猿がいきなりこう宣言した。
え?なんじゃそりゃ。
あとで知ったのだが、このお祭りの儀式にはそんなジンクスがあるそうだ。
やだよ、そんなの!ワイは異世界でハーレムを作るんだい!こんな子猿とカップルになるためなんかじゃない!
「うきゃー!ダメうきゃー!精霊に怒られるうきゃー!」
「知るか!勝手に怒ってろ!」
「うぎゃ〜、なんてやつうぎゃ〜、信じられないうぎゃ〜」
なんかぶつぶつ言ってるが、右から左に聞き流すに限る。
「うぎゃ!腹減ったうきゃ!飯を食ううきゃ!」
プリプリと怒りながら、屋台の食堂のテーブルに迷いなく進み、どかっと座る子猿。ワイはそんなに腹は減っていないけど、どんな食べ物があるのか気になったので一緒に食べることにした。
注文は子猿に任せた。何やらうきゃうきゃと店主に注文している。しばらく待つと、丼ぶりが二つ運ばれてきた。あれ?これは……麺じゃないか!異世界にラーメンがあるのか?
「これはクッティといううきゃ!美味しいうきゃ!」
うーむ、この世界には転生者がいるらしいから、彼らが持ち込んで普及させたのだろうか?この様子だと、寿司やカレーなんかもありそうだ。しかし、このクッティという名のラーメンは、どうも様子がおかしい。緑色の粉末が麺が見えないくらい大量にかかっている。
「食べるうきゃ!」
そう言って、子猿は器用に箸を使って食べ始めた。
「旨いうきゃ!」
本当にうまそうに食べている。マジか?ワイも恐る恐る自分のをすすってみる。
「にがーーーっ!」
なんだこの苦さは!ゴーヤの十倍は苦くて青臭い!こんなの食べられるわけがない!ギルドのパブで食べた料理はあんなにうまかったのに、なんでこんなに違うんだ?
「うきゃきゃきゃきゃ!私の故郷だとこれが普通うきゃ!こうじゃないと旨くないうきゃ!」
満足そうに麺をすする子猿。ドッキリじゃなく、本当にこれが「うまい」のか。
苦さの元凶はこの緑の粉末に違いない。なんとか緑を避けて食べてみたが、とても耐えられない。ワイは食うのを諦め、周りを見渡し祭りの雰囲気をまた味わうことにした。
それにしても、今日はなんて密度の濃い一日だったのだろう。特にこの子猿が強烈だ。今まで出会ったことのないタイプの人間……いや、猿だ。
これは漫画のネタになる!
そう思ってしまうのは、もはや漫画家の性だろうか。もう漫画を描くことはないかもしれないが、現世に戻る可能性もあるし、ワイは骨の髄まで漫画家なのだ。これはぜひ、取材も兼ねてこの異世界と子猿をじっくり観察してみよう!そう決意し、麺をすすり続ける子猿をぼーっと眺めるのであった。
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