第2話 日常の終わり



* * * 

 


『狂い魔発生! 直ちに応援願います』 

「了。場所は」 

『北西に1km行ったところです。被害者はもうすでに出ている様子』 

「了解。急ぎます」 

 

 狂い魔。人の感情のなれの果てだ。それが誕生したということは、相当過酷な人生を辿ってきたのだろう。いったいどのような人生なのだろうか。 

 

 俺は通信を切り、腰の刀に手を添えて、一段速度を上げ、発生場所に向かった。 

 


* * * 


 

 父の頭は僕の足に当たって止まる。心臓がバクバクなるのが分かる。 

 

 ガタン! 

 

 家の奥で音がした。この家には僕と父しかいないはず。足音が少しずつ近づいてくる。 

 

 トン! トン! 

 

 木造の床でなる足音は一層不気味に感じられた。 

 

 ギギー

 

 目の前の扉があいた。それは手に何か持っていた。髪を鷲掴みしながら見せてきたものは、かつてユウキだったものだった。 

 

 足が震えて動かない。視線を動かせない。なんだお前は。 

 

 それは僕と同じ姿かたちをしていた。ただ、体が赤黒い闇でできているようだった。それは僕を見るとニヤリと笑う。 

 

『ホラ、コロシタ』 

 

 俺は足に力が入らなくなって膝から崩れ落ちた。目から涙が出る。 

 

「来るな! 来るな!」 

 

 必死な叫び声もむなしく、それはどんどん距離を詰めてくる。 

 

 あぁ。なんでいつもこうなるんだろう。 

 

 僕に普通の生活は待っていないのだろうか。 

 

 もう無理だ。 

 

 それは俺に向かって殴りかかった。拳が僕に迫ってくる。 

 

 視界の端で何かが光った 

 

 その瞬間、一筋の刃がその腕を切り裂く。 

 

 腕が宙に舞う。 

 

 そこには刀を持った青年がいた。 

 

「狂い魔発見! 直ちに駆除に参ります」 

 

 僕は茫然とその青年を見た。黒いフードのついたマントを羽織っている。狂い魔? 僕の姿をしている怪物のことか? 

 

「おい、そこの一般人を連れて行ってあげて」 

 青年が誰かに指示をしている。 

 

「了解しました」 

 

 後ろから声が聞こえたと思ったらいきなり抱きかかえられた。荷物のように背負われる。 

 

「ほら、少年。避難だ。あの人が何とかしてくれるから」 

 

 僕を背負った男はいきなり走り出した。ものすごい速さだ。どんどん家が遠ざかっていく。 

 

 僕の脳はまだあれに見つめられているような気がした。心臓の音はバクバクして鳴りやまない。ユウキのことを思い出すと視界が徐々に歪んで、目の奥がカッと熱くなった。 

 

「あの、僕はどうなるんですか?」 

「さぁ、どうなるんだろうね?」 

 

 僕はまた普通を失ってしまった。それは僕にとっての日常――家で暴力を振られ、中学校では教室の隅でユウキとしゃべる。 

 

 俺は失ったものじゃなくてまだあるものを考えるべきだったんだ。 

 

 失ってから気づくんだ。とても尊いものだったって。これも高望みした自分がバカみたいだ。 

 

 ユウキと話したい。僕の家庭がどんなに大変でも、君と話しているだけで幸せだったと。 

 

 父もたった一人の家族だった。どんなに憎くてもその事実は消えない。 

 

 二人の死にざまを思い出した僕は道端に吐いた。僕を背負っていた男は少し驚いたが、温かい目で背中をさすってくれた。 

 


* * * 


 

 おいおいおい。こいつはさっき発生したばかりの狂い魔じゃないのか? 

 

 なんてパワーだよ。こっちが押されている。 

 

 さっきから刀で受けきることができない。魔力量が桁違いだ。こんなの俺みたいな新人には荷が重すぎる。 

 

 バキッ! 

 

 刀の刀身が落ちる。折られた。頭が真っ白になる。 

 

 続けざまに溝内に攻撃を喰らった。吹っ飛ばされて木にぶつかる。 

 

 頭を強打してしまった。強烈な一撃を喰らって動けない。 

 

 こいつ、魔力の使い方は一般人並みに杜撰なのに、圧倒的な魔力量で押し切られる。魔力量だけなら四天王が相手にするレベルじゃないか。 

 

 あぁ。もう目の前にいるのか。 

 

「象徴 『束縛』」 

 

 俺の作った鎖はこいつの体に巻き付く。でも一瞬で破壊された。当たり前だ。袋のネズミの醜い時間稼ぎだ。 

 

 もう、俺、死ぬのか? あんなに人を救おうと思って討魔隊に入ったのに、すぐ殺されるのか? もう守られる立場はごめんだと思ったのに……。 

 

 やっぱり助けられないと俺は生きていけない人間だったんだな。訓練場での日々は無駄だったみたいです。梶谷(かじや)さん。 

 

 狂い魔に関わった身だ。きっとあの被害者の少年は訓練場に入り、討魔隊に入るための訓練を受けるだろう。俺みたいにならないでほしいな。 

 

 でも一回きりの人生だ。生にとことんしがみつかせてもらう。 

 

「象徴 『束縛』 俺を現世に縛り付けろ」 

 

 その瞬間俺の頭は飛んだ。 

 


* * * 

 

 

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