第5話 真犯人
明治二十年(一八八七年)、桃太郎は国定教科書に採用された。
明治二十七年(一八九四年)、童話作家の巖谷小波が『日本昔噺』を刊行した。この本で語られる桃太郎が、現在の「標準型」の原型となった。
注目すべきは、この時期が日清戦争の勃発と重なっていることである。
明治政府は、桃太郎を作り変えた。
桃から生まれた神秘的な少年。日の丸の鉢巻を締め、陣羽織を纏い、「日本一」の旗を掲げる。動物たちは「家来」として従い、共に鬼ヶ島へ「出征」する。鬼を「征伐」し、凱旋する。
これは冒険譚ではない。戦争の物語である。
桃太郎は大日本帝国の象徴となった。従う動物たちは、帝国に従属する周辺国のメタファーとなった。鬼ヶ島は征伐すべき敵国のメタファーとなった。
「勧善懲悪」の物語として、子供たちに語り継がれた。正義の桃太郎が悪の鬼を討つ。日本が悪しき敵を討つ。この構図を、幼い心に刻み込むために。
資料は続けてこう述べていた。
「明治の国家体制に伴い、周辺国を従えた勇ましい大日本帝国の象徴にされたのである。」
太平洋戦争中には、『桃太郎 海の神兵』というプロパガンダアニメが制作された。桃太郎が率いる動物の軍隊が、「鬼畜米英」を打ち破る物語。昔話は、そのまま戦争イデオロギーの道具となった。
* * *
私は改変の全容を整理してみた。
【桃太郎の誕生】
江戸時代:桃を食べて若返った老夫婦の子
明治以降:桃の中から誕生
【携行する食べ物】
江戸時代:とう団子
明治以降:日本一のきびだんご
【動物との関係】
江戸時代:道連れ、仲間(対等)
明治以降:家来(主従関係)
【桃太郎の外見】
江戸時代:普通の少年
明治以降:日の丸鉢巻、陣羽織、軍旗
【物語の構図】
江戸時代:冒険譚
明治以降:征伐と凱旋
* * *
真犯人は、明治国家だった。
「動物を家来にする」という異常なパターンは、世界のどこにも存在しなかった。日本の他の昔話にも存在しなかった。当たり前だ。そんなパターンは、明治政府が「創作」したものだったのだから。
私は、存在しない謎を追いかけていたのだ。
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