第4話 時間を遡る

 私たちが知っている桃太郎は、「現在の」桃太郎である。

 では、「昔の」桃太郎はどうだったのか。

 私は江戸時代の文献を漁り始めた。


   * * *


 現存する最古の桃太郎の出版物は、享保八年(一七二三年)刊行の赤小本『もゝ太郎』である。江戸時代には「赤本」と呼ばれる子供向けの絵本が流行し、桃太郎はその定番だった。

 これらの古い文献を読み込んでいくと、奇妙なことに気づいた。

 現在の桃太郎と、江戸時代の桃太郎は、かなり違う。


第一の発見:桃太郎は桃から生まれていなかった


 江戸時代の桃太郎で主流だったのは、「回春型」と呼ばれるパターンである。

 川から流れてきた桃を、老夫婦が食べる。すると二人はたちまち若返り、そうして子をもうける。それが桃太郎である。

 「桃から生まれた桃太郎」という設定は、十九世紀になってから登場したものだった。それ以前は、桃を「食べて」若返った夫婦から生まれるのが主流だった。

 子供に聞かせるには「教育上よろしくない」という配慮から、回春型は消えていったらしい。


第二の発見:「日本一のきびだんご」は後から加わった


 最も古い系統の文献では、桃太郎が持っていくのは「とう団子」だった。

 「日本一のきびだんご」という表現は、第二系統本と呼ばれる後の版から登場する。つまり、「日本一」という誇大な形容も、「きびだんご」という特定の品名も、後から加えられた要素だったのだ。

 そして、決定的な発見があった。


第三の発見:「家来」は存在しなかった


 ある資料に、こう書かれていた。


「桃太郎の姿が、日の丸の鉢巻に陣羽織、幟を立てた姿になり、犬や鳥、猿が『家来』になったのは、この明治時代からである。それまでは戦装束などしておらず、動物達も道連れであって、上下関係などはない。」


 私は目を疑った。

 「家来」は明治時代からだと?

 江戸時代の桃太郎において、犬・猿・雉は「道連れ」だった。一緒に旅をする仲間であり、上下関係はなかった。主従関係が生まれたのは、明治以降のことだった。

 これは衝撃だった。

 私が世界中を探し回っていた「謎」は、そもそも存在しなかったのだ。

 「なぜ桃太郎だけが動物を家来にできるのか」という問いに対する答えは、「桃太郎は動物を家来にしていなかった」である。

 では、誰が「家来」を作ったのか。

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