第2話 捜査
一、西洋の使い魔
最初に向かったのは、ヨーロッパである。
中世から近世にかけて、魔女や魔術師たちは「ファミリア」と呼ばれる使い魔を従えていたという。黒猫、犬、蛙、烏、蝙蝠。動物の姿をした存在が、主人に仕え、命令に従った。
これこそ桃太郎の原型ではないか。そう期待して文献を漁った。
しかし、調べるほどに失望は深まった。
ファミリアとは、動物の姿をとった「悪魔」や「精霊」のことだった。本物の動物ではない。魔女は悪魔と契約を結び、その見返りとして使い魔を与えられる。あるいは、妖精が動物の姿で人間に仕えることもあった。いずれにせよ、彼らの正体は霊的存在である。
桃太郎の犬・猿・雉は、どこからどう見ても本物の動物だ。悪魔でも妖精でもない。
空振りだった。
二、聖者と野獣
次に目を向けたのは、キリスト教の聖人伝である。
アッシジの聖フランチェスコは、グッビオの狼を手なずけた。凶暴な人食い狼が、聖者の前に跪き、二度と人を襲わないと誓った。聖ヒエロニムスはライオンの足から棘を抜いてやり、それ以来ライオンは聖者に忠実に仕えた。聖セラフィムのもとには熊が通い、パンを受け取っては従順に去っていった。
野獣が聖者に従う。これは桃太郎に似ているように見える。
だが、よく見ればまったく異なるパターンだった。
聖者たちが野獣を従えるのは、彼らの「聖性」による。神に近い人格が動物の魂に直接働きかけ、野獣は自発的に従順になる。そこには契約も報酬もない。動物たちは聖者の徳に感化されて従うのであり、雇用されているわけではない。
桃太郎は聖者ではない。ただの少年だ。そして彼は、きびだんごという「報酬」を支払っている。聖者と野獣の関係とは、構造がまるで違う。
またも空振り。
三、インドの叙事詩
インドに目を転じた。
叙事詩『ラーマーヤナ』には、猿の軍団を率いる英雄ラーマが登場する。猿王スグリーヴァ、そして何より偉大なハヌマーン。彼らはラーマに忠誠を誓い、羅刹の王ラーヴァナとの戦いで獅子奮迅の働きをする。
猿を従えて敵を討つ。桃太郎そのものではないか。
しかし、ここでも決定的な違いがあった。
ハヌマーンたちは「猿」ではない。「ヴァナラ」と呼ばれる半神族である。彼らは風神ヴァーユの血を引き、人語を解し、魔術を操り、山を持ち上げ、海を跳び越える。猿の姿をしているが、その本質は神の眷属だ。
桃太郎の犬・猿・雉は、空を飛ばない(雉は飛ぶが)。魔術を使わない。山を動かさない。彼らはどこまでも普通の動物である。
三度目の空振り。
四、シャーマンの動物霊
シベリアからモンゴル、そして北米先住民の世界へ。
シャーマンたちは動物霊を従える。熊、狼、鷲、蛇。彼らはシャーマンの「力の動物」として、霊界への旅に同行し、病を癒し、敵を退け、知恵を授ける。
だが、これもまた違った。
シャーマンの動物霊は、この世の動物ではない。霊界に属する存在であり、シャーマンとは霊的な絆で結ばれている。シャーマンは動物霊と「合一」し、時にその姿をとって飛翔する。両者の関係は主従ではなく、むしろ一体化である。
また、動物霊はシャーマンを「選ぶ」。シャーマンが食べ物で動物霊を「雇う」ことはありえない。
四度目の空振り。
五、太平洋の守護霊
太平洋に漕ぎ出した。
ハワイやポリネシアには「アウマクア」と呼ばれる守護霊がいる。鮫、梟、鷹、蜥蜴。彼らは家族を守り、導き、時に危機から救い出す。真珠湾の入り口には、かつて鮫のアウマクア「カアフパハウ」が棲み、人食い鮫から人々を守っていたという。
動物が人間を助ける。似ている気がする。
しかし、アウマクアの正体は祖先の霊である。死んだ先祖が動物の姿をとって子孫を守る。アウマクアと人間を結ぶのは「血縁」であり、契約でも報酬でもない。
桃太郎と犬・猿・雉の間に、血のつながりはない。
五度目の空振り。
* * *
世界中を探し回った。西洋、インド、シベリア、太平洋。どこにも「桃太郎型」は見つからなかった。
発見された「動物を従える」パターンは、すべて同じ特徴を共有していた。
動物たちは、本物の動物ではない。悪魔、精霊、半神、霊、祖先の魂。いずれも霊的な存在である。そして人間との関係は、魔術的契約、聖性への感化、霊的合一、血縁。いずれも「食べ物を渡して雇用する」ようなものではない。
桃太郎だけが異常だった。
普通の少年が、普通の食べ物で、普通の動物を、家来にする。
世界にこれほど昔話や神話があるのに、このパターンはどこにも見当たらない。
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