目玉焼きの王様
高橋志歩
目玉焼きの王様
目玉焼きには、何をかけて食べるのが一番美味いと思う?
俺も、まさかこんな話をする事になるとは思わなかった。
始まりは、わからない。何がきっかけだったんだろう。多分悪魔か何かが俺にちょっかいを出したのかな。
ただ俺はあの日の夜、残業で疲れた体をひきずってスーパーで卵1パックと他にあれこれ買い込んだ。
料理は憂さを忘れられる手軽な気晴らしだったから、適当に肉と野菜炒めて、目玉焼きを作るともりだった。ワンルームマンションに帰宅して狭いキッチンで肉を炒め、目玉焼きを作った。普通の味だった。
それからシャワーを浴びて寝た。翌朝起きて、コーヒーを淹れようとキッチンに立ったら、卵の数がおかしい。
1パックは10個入りだ。2個使ったから残りは8個のはずだ。
ところが10個。パックにきっちり詰まっている。
あれ? と思ったけど、その時は何となく無視した。卵のパックを冷蔵庫にしまい、朝食は会社で食べるから俺はそのまま家を出た。
その日の夜、俺は冷蔵庫からパックを取り出し、卵を3個使って卵焼きを作った。まあフライパンの上で適当に回しながら焼くだけの奴。
卵1パックは10個入りだ。3個使ったから残りは7個。
俺はパックを冷蔵庫にしまった。そして朝になって冷蔵庫をのぞいてみた。
10個。パックにきっちり卵が10個詰まっている。
俺はぞっとした。気味が悪くなった。だから出勤で家を出る時に、卵パックを手に持った。そしてマンションの大きなゴミ入れに放り込んでやった。卵が割れた音がして、せいせいした。けれどそれで終わらなかった。
帰宅すると、キッチンに卵がきっちり10個詰まったパックが置かれていた。鍵はかかっていたから、もう訳がわからなかった。それから俺は3日間卵パックをゴミ入れに捨て、3日間卵は俺の部屋の台所に戻ってきた。
どうしたらいいかわからなかった。
日曜日、朝昼晩と目玉焼きや卵料理を作って10個使い切った。
翌朝、空にした卵パックに卵が10個きっちり詰まっていた。
卵パックを持って実家に戻り、母親に卵10個を進呈した。
翌朝、卵パックは戻ってきて母親から電話があった。いつの間にか卵パックが消えたので俺が持ち帰ったと思ったらしい。
その卵パックを冷蔵庫の奥に突っ込み、別の卵パックを買ってきた。
翌朝、別の卵は全部真っ黒になって胸の悪くなるような腐敗臭をまき散らしていた。
俺は諦めた。卵パックを冷蔵庫にしまい込んだままにして、卵料理を作らないようにした。すると、なぜかどんどん体調が悪くなった。食欲が落ち顔色が悪くなった。まさか、と思いあの卵で目玉焼きを作って食べると元気になった。
俺は絶望した。俺は一生、この訳のわからない、気味の悪い卵を食べ続けなければならないのか。
そして毎日、この卵で目玉焼きや卵焼きやオムレツを食べている俺も、何だかどんどん気味の悪い存在になっていくような気がした。俺は卵の奴隷なのか。いやこのままでは終わらせない。俺は必ずこの10個の卵に勝ってみせる。
その日、俺は会社を休み朝から目玉焼きを作った。卵を全部使った。空の卵パックと目玉焼きを部屋のテーブルの上に並べ、それを眺めながら酒を飲んだ。何だか悪くない眺めだ。
俺はその気になれば、30個でも50個でも100個でも1000個でも目玉焼きが作れる。
何だか愉快になって笑った。俺は世界一の目玉焼き男だ。いや目玉焼きの王様だ。
目玉焼きには、何をかけて食べるのが一番美味いと思う? 俺は醤油だと思うけど、まあ何でもいい。王様が焼いた目玉焼きは、何をかけても美味いだろう。
酔って少しうたた寝をした。目覚めると夕方で、パックにはきっちり卵が10個が詰まっていた。
よし、いいぞ。苦しゅうない、卵たち。
俺は卵パックを持って立ち上がり、そのまま玄関を出てマンションの屋上に出た。頭上に鮮やかな夕焼け空が広がる。
おお、まるで豪華に空が燃えているようではないか。素晴らしい。王様にふさわしい。
俺は屋上の端に進み、フェンスによじ登った。王様には出来ない事などないし怖いものなどない。フェンスの上から眼下を見下ろす。
――王様の馬も王様の家来たちも
――ハンプティを元に戻すことはできませんでした。
あの詩は何だったかな。子供の時に読んだあの詩。
塀から落ちた大きな卵は決して元に戻せない。
ここには馬も家臣もいないけど、王様がいるから大丈夫だろう。
さあ、卵たち。王様と一緒にここから落ちて行こう。
王様は10個入りの卵パックを抱えて屋上から飛び降りた。
だから俺の話はここで終わりだ。
<了>
目玉焼きの王様 高橋志歩 @sasacat11
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