第38話

 パレードの興奮が冷めやらぬ十日後。聖都王宮にある、通常は立ち入りさえ許されない女王の私室にて、一つの歴史的な決定が下されようとしていました。

「……つまり、この『不老不死リスト』に記された古代の術式は、未来永劫封印されるべきだと。そう判断するのですね? アルベローゼ殿」

 大司教が眉間に皺を寄せ、難しい顔でファイルを覗き込みます。

「ええ。人の命を数値化し、他者の肉体を奪って永生を得るなど、魔法の本質を汚す行為です。これを公表すれば、また不浄な野心を生む種になりかねません」

 アルベローゼは、時折疼く左腕を意識させない凛とした態度で、大司教と女王エレオノーラを相手に対等に渡り合っていました。

 その傍らで、ディオンは背筋を伸ばし、退屈していると悟られないよう必死に「英雄の顔」を維持していましたが、その意識は密かに一ヶ月後の「式」へと飛んでいました。


 不意に、アルベローゼが議論を切り上げ、ぱっと顔を輝かせました。

「それはそうと陛下! 私たちの結婚式のことですけれど。大聖堂の室内にあの『魔法花火』を打ち上げるのはどうかしら?」

「アルベローゼ様……」

 大司教が困り果てたように眼鏡を押し上げます。

「あそこは神聖なる祈りの場です。王族や貴族であっても、式に使うことすら異例中の異例。魔法花火だけは、どうか、どうか屋外でお願いしたく……」

「あら、残念。じゃあ、天井から七色のバラを雨のように降らせる術式はどう? それなら文句ないでしょう?」

「……それならば、まあ、景観を損ねることはありませんが。魔法効果解除するために掃除用の魔法騎士を十人は追加せねばなりませんな」

 大司教の妥協を引き出したアルベローゼが、「任せて」とばかりにディオンに向かって悪戯っぽくウィンクしました。


 一ヶ月後。

 聖都ルーン・ヴィークは、人類の歴史上かつてない熱狂に包まれました。

 聖王国、海の国、砂の国の三大国王が揃い踏みし、大聖堂の祭壇を前にして、一つの宣言を世界へ向けて放ったのです。

「今日この日を、我ら人類が過去の呪縛を断ち切り、一つとなった『勇者の日』と定める! 三大国は大同盟を結び、二度と魔王の再来を許さぬ守護の誓いを、ここに立てるものとする!」

 万雷の拍手が、地響きとなって聖都を震わせます。

 そしてその宣言と同時に、ディオンとアルベローゼの結婚式が幕を開けました。 アルベローゼの望んだ通り、大聖堂の天井からは魔法師団による魔法で生成された数万のバラが、雪のように美しく舞い落ちます。

「……綺麗だね、アルベローゼ」

「ふふ、素敵な式だね。ディオン」

 純白のウェディングドレスに身を包んだアルベローゼと、白銀の礼装を纏ったディオンが、ゆっくりとバージンロードを歩みます。


 参列者の最前列には、仲間の姿がありました。 

 バハルは重厚な正装に身を包み、リニに肩を貸しながら、普段は出さないような涙をボロボロと流しています。

 その横で、正装したライナスとエリカは、背中にまわした手をお互いに握りしめて立っていました。

「……凄いね、この式。僕たちもいつか、あんなふうにするのかな」

 ライナスがポツリと零すと、エリカは真っ赤になって顔を背けました。

「バ、バカ言わないで。私たちはまだ……早いのよ。それに、私はこんな大勢の前で晒されるのは苦手よ」

「はは、そうだな。もし、いつか僕たちが式を挙げるなら……」

「……ええ。その時は、ディオンやアルちゃんたち、仲間内だけでひっそりとやりたいわ。……あなた、それでいい?」

「もちろん。僕も、君と静かに誓い合える方がいいな」


 大聖堂の門が開かれ、新郎新婦が姿を現すと、空にはアルベローゼが屋外へと譲歩した「極大魔法花火」が打ち上がりました。

 それは七色に輝き、地下都市の暗闇を完全に消し去るような、眩い平和の象徴でした。


 結婚パーティーの会場となった王宮の大広間では、色とりどりのバラが舞い散る中、絶え間なく各国の王族や高官たちが新郎新婦のもとを訪れていました。

「ディオン殿、我が国の騎士団長としてぜひ迎え入れたい。公爵の地位と領地も約束しよう」

「アルベローゼ殿、我が国の魔導院を総帥として導いてはいただけぬか」

 ひっきりなしに続く破格の勧誘。

 しかし、ディオンとアルベローゼは、そのたびに顔を見合わせ、晴れやかな笑みで首を横に振りました。

「恐縮ですが、私たちはすべての官職と待遇をお断りさせていただきます」

 ディオンが静かに、しかし断固とした口調で告げました。

「なんですって? 地位も、名誉も、富も……すべてか?」

 驚きを隠せない貴族たちを前に、アルベローゼがディオンの腕をぎゅっと抱き寄せ、誇らしげに微笑みます。

「ええ。私たちは、しばらく長い旅に出ることに決めたんです。まず、ディオンの両親のお墓に挨拶をして、それから私の故郷の森へ行きます。父を、ずっと一人にさせていた母の隣に埋葬してあげたいの。……それが終わったら、二人でまだ見ぬ世界を見て回るつもりよ」

 その瞬間、背後から呆れたような、けれど温かい声が割って入りました。

「――おいおい、『二人で』ってのは間違いだろ。全く、水臭いねえ」

 振り返ると、そこにはいつの間にかバハルを筆頭に、仲間たちが勢揃いしていました。

 バハルは重厚な礼装の襟をいじりながら不敵に笑い、リニがその隣で優しく微笑んでいます。

 少し離れたところでは、ライナスとエリカも照れくさそうに、けれどもしっかりと頷いていました。

「バハル……みんな!」

「俺たちを置いてけぼりにしようなんて、百年早えぜ。あの地下地獄を一緒に潜り抜けた仲だろ? 世界を見て回るなら、全員で行かなきゃ面白くねえ」

  バハルの言葉に、ライナスも一歩前に出て続けます。

 「僕たちも、地上のあちこちを巡りながら、自分達で救った世界を見たかったんだ。……一緒に行っても、いいだろ?」

「ライナス……。いえ、お兄さま?プククク。ええ、もちろんよ!」 アルベローゼの瞳が潤み、ディオンもまた、熱いものが胸に込み上げるのを感じていました。


 その光景を、一段高い玉座からエレオノーラ女王と諸国の王たちが眺めていました。

「やはり、彼らは鳥のように自由であることを選んだか」

 海の国王が豪快に笑います。

この後すぐ、三大国の王たちの間には一つの秘密裏の協定が結ばれました。

 それは「どの国も、英雄たちを強引に勧誘しない」というものです。

 彼らが救った世界を、彼ら自身が誰にも縛られずに歩めるように……それこそが王たちにできる、最大級の「返礼」でした。

「陛下。私たちは、この六人で旅を続けます。魔王のいない、美しいこの世界を」

 ディオンが仲間たちを代表して告げると、女王エレオノーラは深く頷き、グラスを掲げました。

「どうから気をつけて。そして、あなたたちの目で見た平和を、いつかまた聞かせてください」

 大聖堂の夜空に、七色の魔法花火が極大の輪を描きました。

 それはただの「仲間」として未来へ歩み出す六人への、眩い門出を祝う光でした。

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