第31話
供給センターの破壊から一夜明け、一行はセンターのすぐ傍らに立つ巨大な建築物へと移動しました。
漆黒の外壁に刻まれた名は、『マギ・リソース・ラガー・ツェントルム』(魔導エネルギー資源保管集積施設)。
「いい建物じゃねえか。ここで二日、泥のように眠らせてもらうぜ。……アルベローゼ、最高にうまい酒を出してくれ。祝杯だ」
バハルが豪快に笑い、一行は束の間の安息を求めてその広大なロビーにキャンプを張りました。
しかし、二日目の朝。
完全に体力を回復させた一行が、施設の奥へと足を踏み入れたとき、その光景に全員の息が止まりました。
そこは、見渡す限り透明な円筒形のカプセルが整然と並ぶ、静寂の墓場でした。
カプセルの中は、不気味に発光する青緑色の液体で満たされています。
「これ……全部、濃縮魔導液だよ。こんな高濃度のものに浸かったら、一秒も経たずに精神が焼けて発狂しちゃう……」
アルベローゼが震える声で呟き、カプセルの一つに触れました。
中には、苦悶の表情を浮かべたまま時を止められた「人間」が入っていました。
「待って……。この服、ルーン・ヴィークの農夫のものだわ」
エリカが顔を覆いました。
「こっちは、マリノ・ガルドの自警団の制服じゃないか……」
ライナスが絶句します。
アルベローゼは、空中に浮かび上がる古代文字のログを必死に読み解きました。
「これ、二千年前の人じゃない。現代の人たちだ……。魔物が各地で人を攫っていたのは、このためだったんだ。ここに閉じ込めて、肉体も、魂も、生命エネルギーのすべてを無理やり魔力に変換して……あの赤黒いクリスタルに送っていたんだわ」
カプセルの数は、ざっと見ても数千。
奥の闇に消える列を数えれば、万を超えているかもしれません。
「……ひでぇ。これじゃ、……!」
バハルが拳を血が滲むほど握りしめました。
魔王の力とは、奪われた何万という無辜の民の「命」そのものだったのです。
カプセルの中の人々は、すでに魂を吸い尽くされた「もぬけの殻」でした。
助け出す術はなく、装置が止まっている今でも助ける方法は見当もつきません。
「……解放してあげよう。せめて、これ以上利用されないように」
ディオンの静かな決断に、異論を唱える者は誰もいませんでした。
彼らは会話を交わしながら、一つずつ装置を破壊していきました。
「すまない。すぐ楽にする……」
ライナスが祈りを捧げ、浄化の光でカプセルを割っていきます。
「……こんなことが、許されてたまるかよ」
バハルが怒りをぶつけるように、大楯で機械を打ち砕きました。
リニは泣きながらエリカを支え、エリカは涙で視界を濡らしながら、もう二度とこの惨劇を繰り返さないと胸に誓いました。
そして、広大な施設の最奥。
アルベローゼは、一つの古いカプセルの前で立ち止まりました。
その前に浮かぶ見覚えのある服、丸く削った木を繋いだ首飾りを見た瞬間、彼女はその場に崩れ落ちました。
自分が作った首飾りを見間違える事は出来ません。
「……お父さん……お父さん、いたんだね……。こんなところで、ずっと……」
彼女は声を押し殺して、何度も、何度も父の名を呼びました。
最終的にはエリカの魔法で焼き尽くす事としました。
エネルギーの塊である濃縮魔導液は、難なく激しい炎の奔流と化します。
数万の命の叫びと、英雄たちの涙が混ざり合う中、かつて文明を謳歌した白亜の施設は、激しい炎と共にその機能を永久に停止しました。
施設を完全に破壊し、数万の魂を解放した一行。
アルベローゼは形見となった古い木のネックレスを握りしめて呟きます。
「お父さん、私、ディオンと結婚するよ。……だから、あいつを、魔王を作った奴らを、絶対に許さない」
一行は重い沈黙の中、次なる目的地「魔導生物兵器開発研究所」へと向かいます。
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