第30話

 崩落するセンターの巨大な遺構からアルベローゼとリニが駆け出したとき、二人の目に飛び込んできたのは、待ち望んでいた救いの光景でした。 

 通路を埋め尽くしていた異形の群れや、天井を這っていた異形の怪物たちが、断末魔を上げる間もなく泥のように朽ち果てていったのです。

「……やった! 見てリニ、壊れていく!」

 二人はボロボロの体で笑い合い、力強くハイタッチを交わしました。

一方、拠点となっていた高架下。バハルは 2ガルイ(約2m) の金属巨人 『アイゼン・ギガント』 の拳を盾で受け止め、自分に巻き付こうとする蛇型の魔物 『シュラゲ・ギフト』 を力任せに引きちぎりました。

 魔物の棘で手のひらを負傷し、彼が舌打ちをしたその瞬間、周囲の魔物たちが一斉に崩壊を始めたのです。

「やったぜ、おい!」

 バハルが叫んで振り返ったとき、さらなる奇跡が起きました。

 ライナスの魔法に守られていたディオンとエリカの体から、どす黒い粘着質な煙が立ち上り、一つとなって悲鳴を上げながら地上へと染み込み、霧散したのです。

「……終わったんだね」

 ディオンが清澄な瞳で目を開けた、その時でした。

 満身創痍のアルベローゼが、合流すると同時にディオンの目の前まで駆け寄り、叫びました。

「ディオン! 大好き! 私、あんたが大好きなの!」

 その場の空気が止まりました。バハルは目を丸くし、ライナスは驚きで固まります。

 死を覚悟した極限状態で溢れ出した、混じり気のない魂の叫びでした。

 ディオンに迷いはありませんでした。この地下都市で、いつ自分が、あるいは彼女が命を落とすかわからない。

 想いを先送りにする猶予など、この残酷な世界にはないことを彼は痛いほど知っていました。

 ディオンは即座に、アルベローゼの泥と血に汚れた小さな手を強く引き寄せ、彼女を抱きしめました。

「ああ、喜んで! 僕からの返事を。僕も君が好きだ、アルベローゼ。僕と一緒にいてくれ。この戦いを必ず一緒に生き抜いて、絶対に幸せにすると誓うよ」

「……っ!!」

 アルベローゼの大きな瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出しました。

「ほんと……? ほんとに……!? うわああああん、よかったぁぁぁ!」

 彼女はディオンの胸に顔を埋め、子供のように声を上げて泣きじゃくりました。

「おいおい、お熱いね。俺たちの前で盛大にやってくれるじゃねえか」

 バハルが怪我をした手で頭をかきながら、リニと顔を見合わせて笑いました。

 ライナスとエリカも、希望に満ちた二人の姿に心からの祝福の微笑みを送ります。

 しばらくして、アルベローゼは真っ赤な顔で涙を拭うと、「ディメン・セル」から女王自慢の最高級ジュースとエール、ローストビーフを取り出しました。

「ふんっ、あんたはもう私のものなんだから! ほら、みんなで勝利と私たちのお祝いだよ!」


 この光景を見て、エリカがふっと吹き出して、大笑いを始めたのだ。

 「あははははははは くるしいよ あはは」

 一族の呪い。

 幼馴染の両親の仇

 3歳から得体の知らない影に

 取り憑かれていた苦しみ。

 大好きだった先生も魔王に殺された。

 内なる魔王の生み出す殺意に苛まれ

 続けてきた自分。

 毎晩のように、自分の自我すら魔王に

 乗っ取られると感じる悪夢

そんな重苦しいものすべてが、無くなった時、どんなに感動して泣き崩れてしまうかと思った。 

 それがアルベローゼの「告白」という、どこにでもある、けれど何よりも尊い熱量に飲み込まれていく。

「「「ふふ……あははは!」」」

 エリカにつられて 全員が笑い出す。

 魔王なんて、もうどうでもいい。  

 私たちが取り戻したかったのは、この「どうでもよさ」なのだ。  

 命を懸けて守り抜いた世界の終わりで、一人の男に「好き」と伝える、そんな当たり前が最高にかっこいいわがままなのだ。

「ねえ、ディオン。私たちの魔王消えてるよね」 「これ、旅の理由だったのに。アルの告白ですっかり、みんな忘れてるんだから」

「ぷっ、そう言うことか。何か分からず釣られてしまったよ。」とライナス。

 もはやツボに入っているバハルの笑い声も止まらない。

 この日、時が繰り返しているかのように6人の笑い声が続くのでした。


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