第29話
魔物の大顎が眼前に迫り、死の予感がアルベローゼを包みました。
(ああ、私……お腹から真っ二つじゃん。やだなぁ。ディオン……「好き」だって、言えばよかったなぁ……)
視界が歪んだ、その瞬間。
「ドゴォォォォォン!!」
鼓膜が破れんばかりの轟音が響きました。
硬すぎる金属同士が、音速を越えて衝突した凄まじい反動音が通路に反響します。
ふと気づくと、アルベローゼの体は宙に浮いていました。
誰かに「お姫様抱っこ」をされています。 「え……?」
顔を上げると、そこには信じられない光景がありました。
6ガルイ(約6m)の巨躯を誇った『ツヴァイ・カブト・シュラーク』の脳天が、巨大な槍によって完全に貫かれ、そのまま背後の壁面に縫い付けられていたのです。
魔物は即死している様子でした。
「間に合って、良かったわ」
返り血を全身に浴びながら、リニが優しそうに笑っていました。
「リニ……リニぃぃぃ!」
アルベローゼは子供のように号泣し、リニの首にしがみついて、しばらくの間、声を上げて泣き続けました。
泣き止んだアルベローゼは、腫れた目でクリスタルを指し示し、その破壊方法を説明しました。 「マイナス200ケルトで凍結……そのあと魔力なしの衝撃、ね。任せて」
2人でここで一晩過ごし、アルベローゼの魔力の回復に努めます。
リニはアルベローゼの為に見張りを代わろうとせず、ずっと起きて焚火を見ていたのでした。
アルベローゼと目が合うと、その都度優しい微笑みで返します。
翌日
アルベローゼはすっかり回復して、軽やかに古代魔導エルフ文字を弓に紡ぎます。
「『アブソリュート・ゼロ・サジタリウス』(絶対零度の矢)!!」
放たれた極低温の矢が赤黒いクリスタルに突き刺さると、瞬時に表面を白銀の霜が覆い尽くし、巨大な塊が「カチリ」と凍りつきました。
「――はあああああっ!」
リニが跳躍しました。
魔力を一切乗せない純粋な筋力と体重移動。
重力に従い、槍の石突きがクリスタルの芯を完璧に捉えました。
パキィィィィィィィン!!
高さ 300ガルイ(約300m)、直径 20ガルイ(約20m) の巨躯が、硝子細工のように粉々に砕け散りました。
「別れたあの場所で、みんな待っているわ」
リニが静かに告げました。
「ライナス様は、ディオン様とエリカ様の体中から亀裂が走り、出血が始まったから、付きっきりで回復魔法を使い続けているわ。バハルはその二人を守り続けている。……バハルが言ったの。『アルベローゼは絶対にピンチを迎える。一刻も早く助けてやってくれ』って」
アルベローゼはまた号泣しながら、「バカ、バハル……かっこつけすぎだよ……!」と支離滅裂な感謝を口にしながら、拠点へと急ぎました。
供給源が消えたことで、あの粘りつくような不快な気配が、少しずつ薄れていくのを感じていました。
地上の異変
その頃、地上では奇跡が起きていました。
世界中のモンスターが一斉に、あるものは弾け、あるものは自殺し、あるものは静かに消滅していきました。
聖都ルーン・ヴィーク
「封印の門」の前に立ち続けていた女王エレオノーラは、胸元を強く押さえ溢れ出る涙を止められませんでした。
「……消えた。街の魔物たちの気配が、完全に。……ディオン殿、アルベローゼ殿……。あなた方は『汚れを知らぬ乙女』の犠牲など必要ないと、あの禁忌の扉を力でねじ伏せ、未来を掴み取ってくれたのですね」
大司教や大臣たちも、その場に跪き、震える声で神への、そして英雄たちへの感謝を捧げていました。
そして女王は王城のバルコニーから告げるのでした。
勇者一行が、魔王のある地に行った事。
魔物が消滅したのは、おそらく勇者の活躍である事を。
砂漠の大国サハラ・シュタール
王宮のバルコニーでは、新女王アリステアと、彼女を支えるフェリス、セシリアの三兄妹が空を見上げていました。
「姉様、見てください! ヨルムン・ガンドゥの眷属たちが……魔の砂漠の魔蟲達が光になって消えていく!」
フェリスの叫びに、セシリアが力強く頷きます。
「あの時、ディオン様たちが仰った通りです……! 私たちは三人で支え合い、この国を、そしてこの世界を守っていく。」
大声で大臣ら、将軍達を招集します。
「……勇者達が魔王を倒しました。国民に布告の準備を。騎士団は魔物達の動向を国中くまなく確認なさい。」
かつてディオンやライナスに仄かな恋心を抱いていた姉妹の瞳には、湿っぽさではなく再会を信じる強い光が宿っていました。
蒼海連邦マリノ・ガルド
港を揺らしたのは、軍からの至急報でした。
国王と元帥ハルヴァールが、海面を覆っていた海の魔物達が泡のように消えていくのを呆然と眺めていました。
「ハルヴァール元帥、見ろ! 海の呪いが、完全に晴れたぞ!」 「……間違いありません、陛下。あの五人と……そしてバハルの妻となったリニが、魔王の心臓を止めたのです」
豪快な海の男である国王は、大笑いしながら机を叩きました。
「はっはっは! 凱旋の折には、金貨一万枚では足りんな! マリノ・ガルド最高の造船技術を注いだ私用飛空艇でも贈ってやるか。それとも、英雄達のために最高の海産を一生分用意するか!」
地上の空からは魔霧が晴れ、澄み切った青空が世界を包み込み始めていました。
そして騎士団や王城には人だかりが出来ていました。
魔物が居なくなった異変に反応した国民達でした。
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