第3話
「あの日、教会の扉を開けた瞬間の光景を、今も鮮明に覚えているよ」
ライナスが、街道を歩きながら震える吐息とともに切り出しました。
今日の祭壇には、のたうち回る3歳のエリカ。
そして傍らには、愛娘の異変に腰を抜かし、泣き叫ぶことしかできなかった両親、マルコとアンナ。
「神父様は、父上たちを『村を守る凄腕の魔導士』だと信じて疑わず、膝をついて縋り付いていた。『この子を救ってくれ』と。……けれど、父上と母上(セレスティナ)は戦慄していた。それがただの悪霊ではないと思っていたようだ」
「母上は、エリカさんを救うために『ヤツ』を半分に裂き、その負荷を私に移した。そうしなければ、彼女の魂は焼き切れていたからだ。……それが、母上の最期だった」
ライナスの声が低く沈みます。
「それからだ。母上が死に、その後に後妻として入ったイゾルデ様も、ディオンを産んだ数年後に再封印の代償で命を落とした。そして父上まで……。僕たちは、ずっとそう思ってきた。この一族は、子を成せば親が死ぬ呪いにかかっているんだと」
「……そうだよ」
ディオンが、苦しげに言葉を繋ぎました。
「僕たちの目には、そう見えていた。新しい命が生まれるたびに、あるいは子が育つたびに、親がその命を吸い取られるように消えていく。愛する人と結ばれ、子を持つこと自体が、死を招く『呪い』なんだって……」
ディオンは、自分の胸元を強く握りしめました。
「父さんたちが、その時々の最善として、僕たちを守るために自ら命を捧げた……。それは今なら理屈ではわかる。でも、残された僕たちにとっては、それはやっぱり『呪い』でしかないんだ。子が生まれれば親が死ぬなんて、そんな歪な連鎖、あっていいはずがない」
エリカは、二人の横顔を悲しげに見つめました。
「私が……私があの日、悪霊に憑りつかれさえしなければ、そんな選択を強いることもなかった。私の存在が、あなたたちの一族にその『呪い』を定着させてしまったのね」
「だからこそ、僕は行くんだ」
ディオンは、前方の険しい峠を見据え、言い切りました。
「僕も兄さんも、誰かを愛して、次代を育てることを諦めたくない。親が死ななければ子が生きられないなんて連鎖は、僕たちの代で絶対に断ち切る。聖図書館で『ヤツ』の正体と、この術の真実を突き止めて、それを『呪い』じゃなくするんだ」
ライナスは、眼鏡の奥で決意を固めたように頷きました。
「……そうですね。私たちが『呪い』と呼んでいるものの正体を、この目で確かめに行きましょう。それが、命を繋いでくれた父上たちへの、唯一の答え合わせになる」
彼らは口には出しませんが、ディオンとエリカの胸の中に未だ燻っている「悪霊の欠片」が、その決意をあざ笑うかのように熱を帯びていました。
「……二人とも、ごめんなさい」 エリカの声は、吹き抜ける峠の風に掻き消されそうなほど細いものでした。 「私を救うために裂かれた『ヤツ』が、あなたたちの家庭を壊し、今もこうして二人を縛り付けている。私が、あなたたちの未来を奪っているのね」
エリカの視線の先では、右手を無意識に強く握りしめるディオンの姿がありました。彼の中にある欠片は、激しい感情に呼応して時折その「殺意」を剥き出しにします。そしてエリカ自身も、魔導師団で力を振るうたびに、内側から人格を塗り潰されるような感覚に襲われてきました。
「エリカさん、それは違います」 ライナスが歩みを止めず、けれど静かに、断固とした口調で遮りました。 「母上たちが守りたかったのは、単なる隣家の少女じゃない。未来そのものだったはずです。あなたが自分を責めることは、母上たちの選択を『間違い』だったと断じることになってしまう」
「兄さんの言う通りだよ」
ディオンが振り向き、無理に作ったような、けれど温かい笑みをエリカに向けました。
「僕たちが怒っているのは、君に対してじゃない。こんな仕組みを強いた、この世界の理不尽に対してだ。……ほら、見て。あそこが峠の頂上だ」
そこには、ただ広く清涼な草原が広がっていました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます