第4話
ディオンは、父ガリアスが遺した地図を広げ、指先でこれからの道程をなぞりました。
「ここから聖都(王都)『ルーン・ヴィーク』までは、およそ300ライン(300km )。
まずは今日中に60ライン先の草原の休憩所『フェル・フヴィーラ』を目指そう。……長い旅になるな」
「300ライン……か」
ライナスが、眼鏡の奥の瞳を伏せ、重苦しく言葉を繋ぎました。
「15年前、母セレスティナが死に、代わりに私の中に『ヤツ』が入ってきた。その後、私が耐えられなくなると、今度は母イゾルデの命と引き換えに、幼いお前に封印が移された。そして4年前には父上まで……。ディオン、私はやはり、我が一族には『子を成せば、その親は死ぬ』という呪いがかけられていると思えてならない。新しい命を育むことが、親の命を吸い取る合図のように感じてしまうんだ」
「ああ、兄さん。僕も同じ気持ちだ」
ディオンが拳を強く握ります。
「愛し合って結ばれることが死に直結するなんて、そんな連鎖は僕たちの代で断ち切らなきゃいけない。だからこそ、聖図書館へ行くんだ」
その後ろを歩くエリカは、刺し貫かれるような痛みを瞳に宿していました。 (……私が、あの夜悪霊に憑りつかれさえしなければ。私が、この呪いを一族に定着させてしまった元凶なのに……)
重苦しい空気を察したエリカは、村の教師らしい凛とした声で、旅の注意点を口にしました。
「……皆さん、これからの食料確保には細心の注意を払いましょう。バハルさん、特に『肉』の扱いです。私たちの聖魔導国『アイゼルガルド』だけでなく、蒼海連邦『マリノ・ガルド』や黄金砂国『サハラ・シュタール』といった三大国においても、ヴィルヘル(魔物、モンスター)の肉を口にするのは禁忌ですわ」
「おう、わかってるぜエリカ! 魔物の肉は固くてマズいんだろ?」
バハルが能天気に答えると、エリカは少し困ったように首を振りました。
「いいえ、味の問題ではありません。魔物の肉には凝縮された魔力が含まれています。私たちのような術者がそれを口にすれば、体内の魔力循環が激しく乱され、魔法回路が焼き切れる恐れもあります。深刻な魔力中毒になれば、ライナスさんの回復魔法も効かなくなりますわ」
「ひぇ、そりゃ勘弁だ。……でもよ、エリカ。あいつらの牙や角は、ギルドに持っていけばいい金になるんだろ?」
「ええ、その通りです。魔物の部位は魔導具の素材として非常に高値で取引されます。……だからこそ、バハルさん」
エリカは鋭い視線をバハルに向けました。
「15ライン歩くごとに10セグ(10分)休憩すると決めていましたね。今は二度目の休憩からしばらく経ちましたが、私たちは合計で何ライン歩いたか分かりますか? これが計算できないと、売却益の分配で自分がどれだけ損をしているかも分かりませんよ?」
「ええと……15と……15があって……。……とにかく、肉は食わねえ! 部位は売る! それでいいだろ!?」
バハルの豪快すぎる回答に、アルベローゼが吹き出しました。エリカは溜息をつきながらも、指で数字を示します。
「『とにかく』ではありません。15が2回で30ミライン、そこからさらに歩いたのですから。野営地に着いたら、算術の復習をしましょうね。計算ができないと、商人たちに買い叩かれてしまいますよ?」
その時、アルベローゼの尖った耳がピクリと動きました。
「……算術の時間は後回し。高く売れそうな『獲物』が来たよ!」
草むらを割り、不気味な青い光を放つ魔物が躍り出ました。
雷蹄獣『フリョル・ヴィンド』
狼に似た集団行動する魔物です。
「エリカ、来るぞ!」
「ええ。……《ヴォーゲン・イグニ》!(火焔よ、道を作れ!)」
エリカの放った鋭い火球が、魔物の雷撃を真っ向から相殺します。
ディオンの太ももを、魔物の爪がえぐります。
「ディオン、傷を恐れず! 《ヘルサ・ヴェーア》!(癒しの加護を)」 ライナスの補助魔法が、ディオンを淡い光で包み込みます。
夕刻、一行は最初の目的地、草原の休憩所『フェル・フヴィーラ』に到着しました。
仕留めた『フリョル・ヴィンド』の素材を前に、エリカが広げた石板の横で、バハルが「銀貨10枚を5人で分けると……」と指を折って唸っています。
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