第6章: 新たなスタート

1. 新たな発見


結衣はその日の朝から、何かが変わったような気がしていた。昨晩のメールのやり取りが、心の中で渦巻いている。何かが決定的に変わったような、でもまだその感覚がうまく整理できない自分がいた。彼女は何度もスマホを手に取っては、メールを確認し、その内容にもう一度目を通していた。


そのメールには、陸斗が返事をくれたことが記されていた。


「結衣さん、あなたがどうしてそんなふうに思うのか分かります。でも、どうか誤解しないでほしい。」


最初、その一文を読んだとき、結衣はすぐにどう返事をすればいいのか分からなかった。もし、このメールが本当に「誰か」でなくて、陸斗が送っていたのだとしたら、自分の気持ちはどう変わるのだろうか? それとも、この気持ちが正しいのかすら分からなくなっていた。


結衣は、そのまま学校に向かう足を速めながら、どうしても心の中でこの事実に向き合う勇気が持てなかった。あれからずっと、心の中で葛藤していた。


「もしも本当に陸斗先輩が送り主だったら、どうすればいいんだろう?」


この問いが、結衣の頭をぐるぐると駆け巡っていた。今まではただのメールのやり取りに過ぎなかった。しかし、もしそれが「運命」だとしたら? 「陸斗からの好意」だとしたら…?


2. 陸斗との対話


学校に到着し、結衣は急いで教室に向かう途中で、またもや陸斗とばったりと会ってしまった。昨日とは違って、少しだけ冷たい風が吹いていた。結衣はその風を感じながら、無意識に足を止めた。


「結衣。」


陸斗は立ち止まり、静かな声で名前を呼んだ。結衣は少し驚いて顔を上げたが、その顔にはあまり明るさがなかった。


「おはよう、陸斗先輩。」


結衣はいつも通りの笑顔を作って答えた。しかし、その笑顔の奥には、昨晩のメールの内容に対する不安が隠れていた。


「結衣、昨日のメール、読んでくれたよな?」


陸斗の声には、どこか真剣な響きがあった。それが結衣をさらに不安にさせた。


「うん、読んだよ。だけど、ちょっとわからなくて。」


結衣はその言葉を素直に口に出していた。メールの中で、陸斗は一度も自分が送り主だとは明言しなかった。それが、結衣にとっては大きな意味を持っていた。


陸斗は少し黙った後、ゆっくりと口を開いた。


「ごめんな。誤解を招いたなら。」


その一言が、結衣を驚かせた。彼がそんな風に謝ることが意外だったからだ。しかし、続けて陸斗は言った。


「実は、あのメールは俺が送ったんだ。」


結衣の心臓が大きく跳ね上がった。その瞬間、すべてが明確になったような気がした。結衣は自分の心をどう整理すべきか分からず、ただ無言で陸斗を見つめるしかなかった。


「でも、俺が送った理由は…ただ、君のことを少しでも気にかけていたからだ。」

「君が元気なさそうに見えた時、少し心配になった。」


その言葉を聞いた瞬間、結衣の中に温かいものが広がった。それは、予想以上に心地よく、同時に痛みを伴っていた。


「でも、どうしてそんなことを…?」


結衣はその疑問をぶつけてみた。陸斗は少し苦笑いをして、話を続けた。


「結衣、君は、いつも周りの人のことを気にかけすぎだと思う。君自身が疲れていることに気づかないで、他の人に気を使っている。だから、ちょっとでも君を楽にしたくて、メールを送ったんだ。」


その一言が、結衣の心に深く刺さった。今まで、誰かのために自分を犠牲にしてきたつもりでいた。けれども、そんな自分を気にかけてくれる人がいることに、結衣はふと気づかされていた。


「私、いつも自分のことを後回しにしていたんだ。」


結衣は静かに呟いた。その言葉に、陸斗は少し驚いた表情を浮かべ、そして優しく答えた。


「君がそんな風に思ってることは、誰にも言わないでほしいんだ。君は、もっと自分を大切にしてほしい。だって、君は誰かに頼ることができる存在なんだよ。」


その言葉に、結衣は何かが溶けるような気がした。長い間、誰かを支える立場でいた彼女は、自分を支えてくれる存在が必要だということに気づいていなかった。そして、陸斗がそれを教えてくれたことに、心から感謝していた。


3. 迷いと決断


その後、結衣はしばらく陸斗と話していたが、どうしても心の中で一つの問題が解決できないでいた。それは、メールの送り主が陸斗であると知ったことが、彼女にとってどういう意味を持つのかということだった。


「でも、先輩。私があなたのことをどう思っているのか、まだ分からない。」


結衣は思わずそう口にしてしまった。陸斗は少し驚きながらも、すぐに冷静になって答えた。


「それでいいんだ。無理に答えを出さなくても、今は自分の気持ちを整理することが大切だろう。」


その言葉に、結衣は少しホッとした。今まで、誰かに「答え」を求められたり、急かされたりすることが多かった。しかし、陸斗はそのようなプレッシャーを一切かけることなく、彼女が自分を見つめ直す時間を与えてくれた。


「私、今は自分の気持ちを大事にしたい。」


結衣は心の中でその決意を固めていた。陸斗に感謝しながらも、彼女自身の気持ちを整理し、向き合う時間が必要だと感じていた。


その後、結衣は陸斗に軽く笑いかけ、ゆっくりと歩きながら帰路についた。彼女の心の中には、いくつかの疑問が残っていたが、それでも前に進むことを決めた自分がいた。


4. 新しい始まり


その夜、結衣は自分の部屋で静かに考えていた。学校での出来事、陸斗との会話、そして何よりも自分の中での心の変化。これまで「誰か」のメールを通じて心が癒されていったことが、今度は新たな一歩を踏み出すための力になると感じていた。


「これから、どうすればいいんだろう?」


結衣は自分に問いかけながら、スマホを手に取った。そこには、もう一度メールの内容が表示されていた。しかし、今度は以前のように不安や恐れを抱くことなく、その内容を読み返していた。


「誰か」ではなく、「自分」を大事にすること。そして、自分の気持ちに正直でいること。それが、今の結衣にとって最も大切なことだと気づいた。


その翌日、結衣は思い切って、陸斗にもう一度声をかけてみた。


「先輩、ちょっと話したいことがあるんです。」


陸斗は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに優しく頷いた。


「うん、もちろん。」


その瞬間、結衣は自分が新しいスタートを切ったことを実感していた。これから先、何が待っているかは分からない。しかし、少なくとも、今の自分にできることを精一杯やりながら、心を開いていくことを決めた。

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