第5章「直接会う日」

 朝の光が柔らかく差し込む。結衣は目覚めると、胸の奥がざわつくのを感じた。今日——ついに、あのメールの相手と直接会う日。学校の図書館で、偶然を装って会う約束をしたのだ。心臓の鼓動が早くなる。


 「大丈夫かな……うまく話せるかな」

 結衣は鏡の前で深呼吸を繰り返す。髪を整え、制服を正す。指先が少し震える。メールでは知っているつもりでも、現実の相手は未知数。心の中の期待と不安が入り混じる。


 学校に到着すると、美咲がにこやかに待っていた。

 「結衣、今日はドキドキだね!どんな感じになるか楽しみ〜」

 結衣は頬を赤くしながら、無言で頷いた。


 図書館の入り口。結衣は深呼吸をして中に入る。数分前、メールで「図書館の2階にいるよ」とだけ送られていた。周囲の静けさが、緊張感を一層高める。


 階段を上がると、窓際に一人の男子が立っていた。結衣の心は一瞬止まった——間違いない。あのメールの相手だ。落ち着いた雰囲気で、しかしどこか柔らかい微笑みを浮かべている。


 「……こんにちは、水野結衣さん?」

 結衣は驚きと同時に、思わず顔が赤くなる。

 「あ、あの……こんにちは」

 声が少し震える。メールの文字だけで知っていたはずの相手が、こうして目の前にいる。胸の奥で、期待と緊張が押し寄せる。


 相手は笑顔を崩さず、静かに手を差し出す。

 「初めて会うけど、少し緊張してるんだ」

 結衣も手を差し出し、軽く握る。手の温もりが伝わる瞬間、胸の奥がじんわり温かくなる。


 しばらく二人は、互いに言葉を選びながら立っていた。メールでは伝えられない、現実の空気や雰囲気——それが結衣の心をさらに揺さぶる。

 「メールで話していたときより、少し大人っぽい感じがする……」

 心の中で呟く。相手の笑顔が柔らかく、落ち着いた雰囲気がメールの印象と重なる。


 「昨日のメール、ありがとう。あれからずっと、会えるのを楽しみにしてたんだ」

 相手の言葉に、結衣は胸が高鳴る。

 「私も……楽しみにしてました」

 声が自然と出る。メールでは文字だけで伝わっていた気持ちが、今、現実で形になった。


 しばらく話すうちに、結衣は少しずつ心を落ち着ける。メールでのやり取りから想像していた相手の性格は、本物だった——穏やかで優しく、相手を思いやる気持ちが自然に表れている。


 「もし良かったら、これからもこうして話せたら嬉しいな」

 相手が言う。結衣は一瞬ためらうが、心の奥の期待が勝る。

 「うん、私も……嬉しいです」


 その瞬間、結衣は胸の奥に温かい光が広がるのを感じた。メールだけの関係が、現実の世界でも確かなものになった——その感覚に、結衣は思わず微笑む。


 放課後、二人は図書館を出て、校庭を少し歩く。話題は学校や趣味、日常の些細なこと。メールでは知り得なかった相手の声や表情が、結衣の心をさらに打ち解けさせる。


 夕日が校庭を染める頃、結衣は深呼吸をする。メールの文字だけでは分からなかった空気感、温もり——現実で感じることで、心が満たされていくのを実感する。


 「今日、会えて本当に良かった」

 結衣は静かに呟く。相手も微笑み、軽く頷く。

 「僕も、本当に嬉しかった」


 胸の奥で、少しずつ確かな感情が芽生え始めた。メールから始まった関係が、現実でも繋がった瞬間。結衣は、その喜びに胸をいっぱいにしながら、未来への小さな希望を感じていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る