1. 予感と疑念

結衣はその晩、心の中でずっと一つのことを考えていた。あのサッカー部の先輩、加藤陸斗の顔が、何度も頭の中に浮かんできたからだ。あの日、部活帰りに偶然すれ違ったとき、彼は何気なく「今日は雨だから、部活が中止になるかもね」と言った。それは、結衣が今まで一度も聞いたことがないような、全く予想外の言葉だった。

「どうして…陸斗先輩が私の部活のことを知ってるんだろう？」

その疑問が、結衣の中で次第に膨らんでいった。陸斗は、サッカー部のエースであり、結衣のクラスメートでもある。しかし、それ以上に親しい関係ではなかった。それなのに、どうして自分の部活のことを知っているのだろう？

「まさか、あのメールの送り主…？」

結衣は、思わずスマホを手に取った。数日前に届いたあのメールを再び開き、しばらくその文面をじっと見つめる。やはり、何か違和感がある。送り主が自分の部活のことを知っているという事実が、結衣の心をかき乱していた。

その時、彼女は一つの確信を抱いた。

「きっと、あのメールの送り主は、陸斗先輩だ。」

その考えに辿り着いた瞬間、結衣の心は不安と動揺でいっぱいになった。それと同時に、深い胸の奥で何かがもやもやと渦巻いていた。彼女はそのメールに返信することをためらっていた。そして、返信しようと思っても、なかなかその手が動かなかった。

2. 隠された心情

翌日、結衣は学校に行く途中でも、心の中でその疑念を消化できずにいた。もし本当にメールの送り主が陸斗だったとしたら、結衣の感じていた安心感や温かさは、ただの思い過ごしだったのだろうか？ただの偶然のメール、もしくは陸斗の策略に過ぎないのだろうか？

「どうしてこんなことに…。」

結衣は、学校に到着するまで何度もそのメールを思い返していた。その途中、いつものように麻衣と一緒に登校していたが、いつもと違う結衣の様子に麻衣はすぐに気づいた。

「結衣、なんか顔色悪くない？大丈夫？」

麻衣は心配そうに結衣を見つめた。結衣はその視線を避けるように、少し歩調を早めて答えた。

「うーん、大丈夫だよ。ちょっと寝不足なだけ。」

麻衣は納得した様子で、それ以上は問い詰めてこなかったが、結衣がどこか引っかかる様子を見逃していなかった。

その日、結衣は昼休みの間も何度もメールを確認していたが、返信しようと思ってもなかなかその一歩が踏み出せなかった。心の中で陸斗だと確信してしまったことが、彼女をさらに混乱させていた。

3. 陸斗との接触

放課後、結衣はいつも通り部活の練習に向かっていた。疲れた身体を引きずりながら、グラウンドに向かって歩いていると、突然、後ろから声をかけられた。

「おい、結衣。」

その声に驚いて振り返ると、そこにはサッカー部のエースである加藤陸斗が立っていた。彼はいつものようにクールな表情をしていたが、結衣に声をかけるその顔にはどこか緊張が見えた。

「え…？」

結衣は少し戸惑いながらも答えた。

「何か、用事？」

「いや、ちょっと話があって。」

陸斗はそう言って、少しだけ歩みを止めた。結衣はその場で立ち止まり、彼を見つめた。

「話って…？」

陸斗は一瞬、言葉を濁したが、やがてふっと息を吐いてから言った。

「お前、最近、元気そうだな。」

結衣は驚いて目を見開いた。そう言われると、今まで自分が感じていた不安が急に大きくなったような気がした。

「え？」

「なんか、前よりも明るくなった気がする。部活の後とか、よく笑ってるし。」

結衣はその言葉に戸惑った。確かに、最近は「誰か」のメールに励まされて、少し元気を取り戻していた。しかし、彼がこんなことに気づいているなんて思ってもいなかった。

「別に、そういうわけじゃないよ。」

結衣はすぐに答えたが、その言葉の後にまた、陸斗が言葉を続けた。

「まあ、無理するなよ。お前、疲れてるみたいだし、無理してまで頑張らなくてもいいんだぞ。」

その言葉が、結衣の胸に深く刺さった。何気ない言葉のように感じたが、結衣は思わずその言葉の裏にある意図を考えてしまう。

「これが、もし陸斗先輩からの…」

「いや、そんなこと考えすぎだよ…。」

その瞬間、結衣は強く思った。このままでは、自分が一人で勝手に悩み続けていることになる。彼に話しかけることができたとしても、それはきっと誤解を生むだけだろう。

結局、何も言わずにその場を離れ、結衣はその後の練習に集中することにした。

4. 送信した最後のメール

その夜、結衣はついに決断を下した。メールを送ることにしたのだ。送り主が陸斗だと確信したわけではないが、もしも本当に彼が送り主だったとしても、自分の気持ちは変わらないと伝えたかった。

結衣は、スマホを手に取り、しばらくメールの内容を考えた後、ようやく入力を始めた。

「こんばんは。最近、少し疲れてきたかもしれません。でも、あなたからのメールに何度も励まされました。正直、あなたが誰なのか分からなくても、私は気にしていません。それでも、あなたが私を気にかけてくれていることは嬉しいです。」

結衣はそのメールを送信ボタンを押す前に何度も読み返した。送り主が陸斗であるかどうかは分からないが、少なくとも自分の気持ちを素直に伝えたかったのだ。

送信ボタンを押すと、結衣はそのままスマホを横に置き、しばらく目を閉じて深呼吸をした。その夜、結衣はメールの返信を期待しないようにして眠りについた。

5. 思いがけない答え

翌朝、結衣が目を覚ますと、スマホの画面にメールが届いていた。予想通り、送り主からの返事が来ていた。

「結衣さん、あなたがどうしてそんなふうに思うのか分かります。でも、どうか誤解しないでほしい。」

結衣は、その言葉を見た瞬間、胸が高鳴った。