第3章: 予期しない気づき

1. 日常の中での変化


結衣の生活は少しずつ変わっていった。最初は不安だったメールのやり取りも、今では欠かせないものとなった。毎日届く「誰か」のメッセージが、結衣にとっては日常の中で一番の楽しみになっていた。部活や授業、友達とのやり取りの合間に、ふとスマホを手に取っては、温かい言葉を確認する。そのたびに心がほっこりと温まる感覚があった。


「こんなに誰かに気をかけてもらうのって、初めてかもしれない。」


結衣はそう思いながら、スマホの画面を何度も見返すことが増えていた。どんなに忙しくても、その瞬間だけは自分の心がリセットされるような気がした。


メールの内容は、いつも同じように優しく、そして心に染みる言葉が綴られていた。


「結衣さん、今日はどうだったかな?疲れていませんか?無理しないでくださいね。」


その温かい言葉が、結衣の心を包み込んでくれる。それがどんなに小さなものだったとしても、彼女にとっては大きな支えになっていた。


しかし、その一方で、心の中にはずっと解けない疑問が残り続けていた。


「この人、一体誰なんだろう?」


結衣は自分でも驚くほど、この「誰か」とのやり取りにのめり込んでいた。気づけば、メールの送信者を思う時間が増えていた。メールの内容だけでは満足できず、送り主の正体を知りたくてたまらなくなっていた。


でも、どうしてもその人のことを知りたくない自分もいた。


「もし、正体を知ったら、この関係が壊れてしまうかもしれない。」


そんな恐れが、結衣をその先に進むことをためらわせていた。


2. 友達との交流


結衣が心の中でこの「誰か」のことを気にし始めたころ、学校では少しずつ、別の問題が浮かび上がってきていた。


「結衣、最近どうしたの?なんだか、元気そうだね。」


麻衣は結衣に声をかけた。明るい声で、少し心配そうに見守っている。その言葉を聞いて、結衣は少し驚いた。


「え?そんなに変わった?」


「うん。なんか、前よりも笑顔が増えたし、元気そうだし。」


麻衣は結衣の顔をじっと見つめた。結衣は少し照れくさくて、うつむきながら言った。


「そ、そんなことないよ。ただ…部活が楽しいだけ。」


結衣はそう答えたものの、その言葉の裏には少し引っかかる感覚があった。麻衣には言えなかったけれど、結衣の心には最近、誰かから届く温かいメールのことがあったからだ。


麻衣は結衣の様子を見て、しばらく黙って歩いていたが、ふと口を開いた。


「結衣、もしかして、誰かと連絡取ってるの?」


結衣は驚いて顔を上げた。麻衣がそこまで気づいているとは思っていなかった。


「え?な、なんで?」


結衣が焦って答えると、麻衣はにっこりと笑った。


「いや、なんとなくね。あなた、最近よくスマホを見てるし、なんか嬉しそうにしてるから。」


結衣はどう答えるべきか迷った。あまりにも突然で、心の中にある秘密を打ち明けるのは怖かった。


「別に、誰かとっていうわけじゃないけど…」


「ふーん、まあ、別に無理に教えてくれなくてもいいけどね。」


麻衣はにやりと笑ったが、その後は何も言わなかった。結衣はホッとした気持ちと同時に、何かを隠している自分に少し罪悪感を覚えた。


3. 予期しない気づき


その後、結衣はいつものように「誰か」とメールを続けていた。相手の正体がわからないまま、徐々に心を通わせていく感じがとても心地よかった。けれども、次第に、結衣の中で一つの疑念が芽生え始めた。


「この人って、実は…」


そう、ふと思ったとき、結衣は驚くべき事実に気づいた。それは一つの偶然からだった。


ある日のこと、結衣が学校から帰宅してメールをチェックすると、またあの温かいメッセージが届いていた。


「こんばんは、結衣さん。今日はどうだったかな?無理していないかなって心配しています。もし疲れていたら、ゆっくり休んでね。」


その内容はいつも通りだったが、その後に付け加えられた一文に結衣は目を奪われた。


「今日は雨だったから、部活が少し中止になったんですね。」


その瞬間、結衣はハッとした。何気ない一文だったけれど、その情報は、どう考えても彼女が部活の練習中に気づかなければならない情報だった。


「この人…私のこと、ずっと見てる?」


結衣はその瞬間、胸がドキドキと鳴り始めた。それまで感じていた温かさとは別に、少しだけ不安と疑念が湧き上がってきた。送り主が誰で、どうして自分の部活の予定まで知っているのか…。その一文が、結衣にとっては不気味な意味を持ち始めた。


「もし、誰かが…私をずっと見ているのだとしたら、それは怖いことかもしれない。」


結衣はその瞬間、心の中で何かが弾けたような気がした。メールの温かさに包まれていた自分が、少しだけ疑念を抱いていることを否定できなかった。


その後、結衣はしばらくそのメールに返信することなく、部屋の中を歩き回った。心が不安定で、どこかしら冷静さを欠いていた。


4. 思いもよらない正体の兆し


その晩、結衣は寝る前に再びスマホを手に取った。メールの送信者を少しでも知りたくて、何度も画面をスクロールして、その内容を見返していた。


ふと、結衣は気づいた。


「もしかして、あの時の…?」


心の中でひらめいたことがあった。それは、最近の部活の帰り道に、サッカー部の誰かと顔を合わせた瞬間だった。あの時、相手は何気ない言葉をかけてきたことを結衣は思い出した。


「そういえば、あの時…」


あれは、もしかするとあの「誰か」と同じ人だったのかもしれない。結衣の心は揺れ動いた。これまで優しい言葉をかけてきたその人物が、実は身近な誰かだったのではないか…。


「でも、それが誰なのか、まだ確信できない。」


結衣はその思いを胸に抱えながら、眠りについた。明日の朝、目が覚めると、その答えが見つかるかもしれないと思いながら。

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