第2章: 少しずつ心を開く

1. 毎日届くメール


結衣の生活は、メールが届くたびに少しずつ色を変えていった。最初は不安が大きかった。しかし、数日が過ぎるごとに、結衣はそのメールに心を開き始めていた。


そのメールの送り主は一度も名前を明かさなかったが、結衣はその文面から、送り主がどんな人間であるのかを少しずつ想像していた。温かい言葉、気遣い、そして何よりも心のこもったメッセージが、彼女の心に響いた。


結衣はその日も、放課後の勉強会が終わった後、スマホを取り出してメールを確認した。


「こんにちは、今日はどうだったかな?部活は順調ですか?もし疲れているなら、少しだけ休憩してね。お疲れ様。」


その言葉を目にした瞬間、結衣の胸の奥が温かくなるのを感じた。自分のことをこんなに気にかけてくれる人がいるなんて、まるで夢のようだと思った。


「どうしてこんなに優しいんだろう…。」


結衣はそう思いながら、返信の内容を考える。メールのやり取りはすでに三通目になっていた。最初の頃の不安は次第に薄れていき、今では返信をするのが楽しみになっていた。


彼女はスマホの画面を見つめながら、何度も考えた。


「こんなことしても大丈夫なのかな…?」


でも、心のどこかで、このメールをやり取りすることが少しだけ自分を解放してくれるような気がした。


結局、結衣は返信を打つことに決めた。


「こんばんは、水野結衣です。部活は楽しいけれど、少し疲れています。でも、あなたの言葉に元気をもらっています。本当にありがとう。」


そのメールを送信すると、結衣はしばらく画面を見つめていた。送信ボタンを押した瞬間、心の中で小さな期待と不安が入り混じっていた。返信が返ってくるかどうかも分からない。しかし、どこかで「返事が来るはずだ」と感じていた。


次の日、昼休みの間にメールが届いた。


「お疲れ様、結衣さん。疲れている時は無理をしないでくださいね。きっと、また元気を取り戻せる日が来ると思います。それまで少し休んでください。」


結衣はそのメールを読み、思わず微笑んだ。送り主が名前を明かさないことに、少し寂しさを感じながらも、心の中でその人を少しずつ信頼している自分がいた。


2. 学校での友達とのやり取り


結衣は友達に、このメールのことを話すことができなかった。麻衣や他の友達に心の内を打ち明けるのは、どうしても躊躇してしまう。


「どうして私がこんなことをしているんだろう?」と、結衣は思うことがあった。彼女の中には、こんな形で誰かと心を通わせることへの不安もあった。しかし、同時にその人の優しさを感じるたびに、心が少しずつ癒されていく自分もいた。


放課後、麻衣と一緒に帰る途中、結衣はふと声をかけられた。


「結衣、最近元気そうだね。部活の後とか、何か楽しんでるの?」


麻衣は結衣の様子を見て、気づいたのかもしれない。いつもは少し沈んでいることが多かった結衣が、少しだけ明るい表情をしていたからだ。


結衣はしばらく黙って歩きながら、どう答えるべきか考えていた。結局、何も言わずに笑顔を見せるだけだった。


「うーん、別に。まあ、普通かな。」


麻衣は何かを感じ取ったのか、少し疑念を抱きつつもそれ以上は聞いてこなかった。結衣はその後、少しホッとした気持ちで歩き続けた。麻衣に言えなかった理由が心の中にあったからだ。


しかし、その日の帰り道、結衣は何度も携帯を確認してしまった。いつものように「誰か」のメールが届いていないかを確かめる自分がいた。


3. 誤解と心の揺れ


数日後、結衣はまたメールをもらった。けれども、今回は少し不安な気持ちが込められていた。


「結衣さん、元気ですか?最近忙しそうですね。無理していませんか?」


そのメールには、送り主が結衣を心配している様子が伝わってきた。結衣はすぐに返信を送ろうとしたが、ふと立ち止まった。自分の気持ちが揺れ動いていることに気づいたからだ。


「私は…この人のことを本当に信じているんだろうか?」

「もしかしたら、ただの偶然で送られてきたメールだっただけなのかもしれない。」

「でも、もし本当に誰かが私のことを思ってくれているのだとしたら…。」


結衣は自分でも予想しなかったほど深くそのメールに依存していることに気づき、心の中で葛藤を抱えていた。


結局、数時間後にメールを返信することを決意した。


「こんばんは、結衣です。ありがとうございます、元気です。少し忙しかったけれど、大丈夫です。」


返信を送った後、結衣は自分の心を落ち着けるために深呼吸をした。その瞬間、携帯が振動して、再びその「誰か」からのメールが届いた。


「良かった。それを聞いて安心しました。でも、あまり無理しないようにね。私はいつでもあなたのことを気にかけています。」


結衣はその言葉に深い感動を覚えた。その優しさが、彼女の心にしっかりと染み込んでいった。彼女の中で、「誰か」の存在が、徐々に大きくなってきていた。


4. 少しずつ開く心


その日、結衣はもう一度、自分がこのメールを続けることを決めた理由を考えてみた。


「もしかしたら、これが運命かもしれない。」


そう思うと、急に胸が高鳴った。これから先、どんな展開が待っているのか分からない。けれども、この温かいメールのやり取りを続けることが、彼女にとっては何よりも大切なことだと感じ始めていた。


結衣はまたスマホを手に取り、しばらくその画面を見つめてから、ゆっくりと新しいメールを打ち始めた。


「今日は少しだけ、休むことにします。あなたの言葉に本当に救われました。」


送信ボタンを押すと、結衣は少しだけ深呼吸をして、窓の外の夕焼けを見つめた。どこか安堵の気持ちが広がっていた。


これから先、彼女がこのメールを通じてどんな自分を見つけることになるのか、まだ分からない。しかし、少なくとも今は、心を開いてくれる「誰か」に出会えたことが、結衣の大きな支えとなっていた。

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